【No.064】粉砕される男の幻想 —— 『搾乳』がもたらす母性への強制変換

社会とジェンダー

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こんにちは、御簾納です。

上半身の密室に関するノートの切れ端、最後は「産婦人科」におけるおっぱいの扱いについてです。ここは、男たちが抱く「おっぱいへのエロティシズムの幻想」が、最も物理的に、かつ木っ端微塵に粉砕される空間です。

先に白状しておくと、この回は他人の話として書けません。私自身が通った時期の話だからです。

世の男性の多くは、女性の乳房に対して「柔らかく、性的な安らぎを与えてくれるもの」という身勝手で甘美な幻想を抱いています。しかし、ひとたび女性が出産を終え、母乳外来のベッドに横たわった瞬間、その空間は乳房の意味を根底から強制的に書き換えます。

乳房は、男のための性的オブジェクトであることを完全に剥奪され、新しい命を生かすための「ミルク工場(生物学的なインフラ)」へと変貌を遂げるのです。

母乳が作られ始めた乳房はパンパンに張り詰め、時に石のように硬くなります。そして、乳腺が詰まり炎症を起こす「乳腺炎」が発症したとき、女性たちは高熱と激痛にのたうち回ることになります。その治療のために行われるのが、助産師による乳房マッサージ、すなわち「搾乳」です。

マッサージと聞くと優しい響きですが、現実は違います。

助産師は石のように硬く張った女性の胸を両手で鷲掴みにし、全体重を乗せるようにして力任せにゴリゴリと揉みしだきます。悲鳴を上げる女性を押さえつけ、強烈な圧力をかけて絞り上げる。古い血の混じった母乳が飛ぶこともあると言われます。

ここにあるのはエロティシズムでも静謐な医療でもなく、ただひたすらに詰まった配管を力技で貫通させるための、解体と修理の作業現場です。

うちの場合、私は付き添って行きました。ただ、部屋には入っていません。廊下で待っていました。

理由をいま思い返すと、二つあります。一つは、男が入る場所ではないだろうという遠慮。もう一つは、正直に書きますが、見たくなかったからです。

妻が高熱を出して唸っているのは知っていました。胸が石のように硬くなっているのも、触らせてもらったので知っていました。それでも、その先で何が行われているのかを、私は自分の目で確認しようとしなかった。廊下のベンチで、スマホを見ていました。

あとから妻に「どうだった」と聞いて、「痛かった」とだけ返ってきて、それ以上聞きませんでした。聞かないことにした、というのが正確です。

この空間において男のまなざしは疎外される、と書こうとして、やめました。疎外されたのではありません。私が自分で外に出たのです。

男の幻想が粉砕される空間、という書き出しでこの回を始めました。

しかし、粉砕されるためには、まずその場に立っている必要があります。私は立っていませんでした。廊下で待っていた男の幻想は、無傷のまま持ち帰られています。

乳房という器官一つをとっても、空間によってこうも意味が書き換えられてしまう。そう感心してみせるのは簡単ですが、その書き換えの現場を、私は一度も見ていないわけです。

ノートを読み返していて、一番居心地が悪かったのがこの回でした。

それでは、また気が向いた時に。

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