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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
前回は男の見栄と「包茎手術」について語りましたが、今回は再び女性側に視点を戻し、美容整形とメディアの奇妙な関係について考察してみたいと思います。
テーマは「小陰唇縮小手術」のビフォーアフター写真です。
現代のインターネット空間において、美容クリニックのウェブサイトを開けば、小陰唇のビフォーアフター写真が「無修正」で堂々と掲載されている光景は当たり前になりました。
日本の刑法では性器の無修正画像の公開は厳しく罰せられますが、クリニック側は「学術的・医療的な情報提供である」という最強の建前(シールド)を掲げることで、規制をすり抜けています。背景にあるのは、美容外科業界の血みどろの過当競争による「見せられるものは全部見せてしまえ」というチキンレースです。
では、インターネットが普及する前、1990年代から2000年代初頭のメディアはどうだったでしょうか。
女性誌や男性向けのゴシップ誌では早くから特集されていましたが、当時の出版倫理ではビフォーアフターの無修正写真を載せることなど絶対に不可能です。そのため各誌は、イラストや体験談を駆使してリアリティを出そうと四苦八苦していました。
しかしここで、非常に奇妙な(というかバグのような)現象が起きていました。
ビフォーアフターの股間の写真は絶対にNGなのに、なぜか「手術で切り取られた小陰唇の肉片そのもの」の写真は、無修正のカラーでガーゼの上に乗せられ、堂々と掲載されていたのです。
なぜ、股間にくっついている時は「絶対に見せてはいけないワイセツ物」だったものが、切り取られた瞬間に「無修正で掲載OK」になったのでしょうか?
このバグを紐解く鍵は、法律と人間の「認知のメカニズム」にあります。
女性の股間という「本来あるべき場所(コンテクスト)」に存在している限り、それは強烈なエロティシズムの対象であり、法的に隠蔽すべき「性器」です。
しかし、メスによって肉体から切り離され、無機質なステンレスのトレイやガーゼの上にポツンと置かれた瞬間。その肉片は、性的な文脈から完全に切断されます。人間の脳はそれを「性器」として認識できなくなり、スーパーの精肉コーナーにある鶏皮や、理科室のホルマリン漬けと同じ「ただの有機物(生肉・医療廃棄物)」として処理してしまうのです。エロティシズムが完全に揮発してしまうため、警察も出版倫理も「これはワイセツ物ではない」と判断せざるを得なかったわけです。
かつてこのブログの【No.051】において、Sさんと共にひとつの重い結論を出しました。「婦人科がどう武装しても、男の視線がある限り、マンコはどこまで行ってもマンコ(性器)である」と。
しかし、あの結論には、たったひとつだけ思わぬ「例外」が存在していたようです。
マンコがその絶対的な引力(エロティシズム)を失い、ただの肉へと変わる唯一の瞬間。
それは、「生きた女性の肉体から、物理的に切り離された時」だったのです。
猟奇的でもあり、同時に極めて哲学的な事実だと思いませんか? これだから空間とメディアの観察はやめられません。
それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。


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