客体化

メディアと表象

【No.037】ポルノが直視できなかった密室――私の研究の原点と「リアル」の限界

こんにちは、御簾納です。今回は、私がなぜ「婦人科という空間」にこれほどまでに執着し、自費で研究を重ねてこのブログを開設するに至ったのか。その「原点」とも言えるあるエピソードについてお話ししたいと思います。かつて私は、空間の使われ方や視線の構...
権力と医療倫理

【No.035】冷たい金属の記憶――「クスコ(腟鏡)」に刻まれた客体化の歴史

こんにちは、御簾納です。以前の記事で、内診室に響く「カチャカチャという金属音」が、女性をモノへと切り替えるスイッチとして機能しているというお話をしました。今回は、その音を鳴らしている器具そのものに焦点を当ててみたいと思います。日本の婦人科に...
権力と医療倫理

【No.033】密室の多眼化(4)――「知人の内診」を消費する、歪んだ優越感

こんにちは、御簾納です。内診見学における知人との遭遇。この地獄のような事象の背後には、私たち男性が直視しなければならない、おぞましい「本音」が隠されています。以前、ネットの匿名掲示板に書き込まれた、ごく一部の心無い男性医師(あるいは医師を名...
権力と医療倫理

【No.032】密室の多眼化(3)――「サークルの先輩」「同級生」が覗き込む地獄

こんにちは、御簾納です。内診見学の特異な心理的負荷について語る上で、決してフィクションでは済まされない、あまりにも残酷な現実があります。それは、「見学している学生や医師が、患者の個人的な知人であった」というケースです。かつて女性週刊誌の婦人...
権力と医療倫理

【No.031】密室の多眼化(2)――「無断見学」の恐怖と、同意という名の同調圧力

こんにちは、御簾納です。前回に続き、「内診見学」という究極の客体化について考察します。大学病院や総合病院での診療において、患者はしばしば「教育機関であるため、医学生が見学に同席することがあります」という一文にサインを求められます。しかし、こ...
権力と医療倫理

【No.030】密室の多眼化(1)――『ロマンスX』と、内診見学という究極の客体化

こんにちは、御簾納です。今回から4回にわたり、婦人科という空間において、女性が最も深い心理的負荷と尊厳の剥奪を経験するシチュエーションについて考察します。それは「医学生や研修医による、内診の見学(臨床実習)」です。以前、カトリーヌ・ブレイヤ...
メディアと表象

【No.024】物質としての肉体と孤立――『ロマンスX』が描いた内診の冷徹さ

こんにちは、御簾納です。前回、西洋映画における「まなざしの倫理」について触れましたが、映像史にはもう一つ、全く別のアプローチで女性の身体の真実に迫ろうとした極めて重要な作品があります。カトリーヌ・ブレイヤ監督の1999年の映画『ロマンスX』...
メディアと表象

【No.017】かつての映像作品に見る「まなざしの搾取」――権力装置としての内診台

こんにちは、御簾納です。前回は、現代のテレビドラマがいかに産婦人科の密室を「綺麗に漂白」しているかについて語りました。しかし、今回は少し視点を変えます。表現の制約が現在よりもずっと緩やかだった、一昔前の映像作品に目を向けると、この空間の描か...
空間と装置

【No.008】診察室の空間ヒエラルキー――「対話の机」から「処置の台」への移行

こんにちは、御簾納です。今回は、私の専門領域に近い「空間社会学」の視点から、婦人科クリニックの建築的なレイアウトが、医師と患者の権力関係をどのように変化させているかについて考察してみたいと思います。一般的な婦人科の診察プロセスは、空間の移動...
空間と装置

【No.007】密室の音響学――「モノ」へと切り替わるスイッチの音

こんにちは、御簾納です。今回は、あのパステルカラーの内診台が支配する空間について、「視覚」ではなく「聴覚」の側面から解剖してみたいと思います。当然のことながら、男性である私はその密室の中で実際に診察を受けた経験はありません。しかし、以前付き...