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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
今回は、私の専門領域に近い「空間社会学」の視点から、婦人科クリニックの建築的なレイアウトが、医師と患者の権力関係をどのように変化させているかについて考察してみたいと思います。
一般的な婦人科の診察プロセスは、空間の移動と密接に結びついています。
まず、患者は「待合室」から名前を呼ばれ、「問診室(診察室)」へと入ります。そこには医師のデスクがあり、患者はその傍らの椅子に腰掛けます。この段階では、必要に応じて腹部や上半身の診察等が行われることはあっても、基本的には互いに顔を合わせ、言語を用いて症状を伝え合う「人間対人間」のフラットな関係を保っています。社会的なコミュニケーションが成立している空間です。
しかし、問診が終わると、患者は奥にあるもう一つのドアを開け、「内診室」へと移動するように促されます。
この「奥の小部屋」への移動こそが、権力構造が劇的に逆転する境界線です。
内診室は、対話のための空間ではなく、純粋に「処置と観察」のための空間です。患者はここで下半身の衣服を脱ぐことを求められ、あの電動内診台へと上がります。
この空間移行によって、先ほどまで机越しに対等に言葉を交わしていたはずの「社会的な主体としての患者」は、一時的にその権利を剥奪され、「医師によって管理・観察される客体(モノ)」へと立場を変えざるを得なくなります。
欧米の一部クリニックでは、問診を行う空間と内診台が同じ部屋(オープンな空間)に配置されており、着替えから診察までのプロセスが一つなぎの空間で行われることが多いと聞きます。空間が分断されていないため、「対話の延長線上」として診察が行われやすい構造になっています。
一方、日本の多くのクリニックは、問診室と内診室が壁とドアで厳重に区切られ、さらに内診台には「カーテン」という視覚的な壁まで設置されています。
この「空間の細分化と隔離」は、恥じらいに対する配慮から生まれたものですが、同時に「対話する自分」と「処置される自分」を物理的に切り離してしまう効果を持っています。
空間が分断されることで、内診室は「言葉のいらない、ただ処置を耐え忍ぶだけの密室」として固定化されてしまったのではないでしょうか。
建物のレイアウトや空間の区切り方は、単なる使い勝手の問題ではなく、そこで行われる人間関係のあり方を決定づけます。日本の婦人科が抱えるコミュニケーションの難しさは、この「空間の分断」という物理的な構造そのものが引き起こしている部分も大きいと、私は考えています。


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