権力と医療倫理

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【No.089】身体の裏切り、ではなく —— 「不可抗力の潤い」と、読み違える目

こんにちは、御簾納です。前回は、あの手順が男の目にどう見えてしまうか、という話を書いて、最後に、この絵をいちばん恐れているのは誰なのか、という宿題を残しました。答えは、調べ始めてすぐに見つかりました。あの台に上がる女性たち自身です。それも、...
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【No.076】身体の腹話術 —— モニターは、なぜこちらを向いていないのか

こんにちは、御簾納です。先日、健康診断で腹部エコーを受けました。技師さんが冷たいゼリーを塗って、探触子をぐりぐりと押し当てていきます。ときどき力が強くて、うっ、と声が出そうになる。そして画面を見ながら、ぽつりと言うわけです。「んー」これが困...
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【No.063】「触診」という名の密室 —— 恋人の手と医師の手の絶対的断絶

こんにちは、御簾納です。前回のマンモグラフィー(機械による圧殺)に続き、今日も上半身の医療空間についての話を。今回は、生身の人間が介入する領域——医師の指先による「乳房の触診」です。医師が乳房全体をくまなく触り、指の腹で強く押し込み、乳腺の...
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【No.053】洗えない場所 —— 医師の絶対的優位と、男の二重の敗北

こんにちは、御簾納です。前回、私は空間社会学者としての完全な敗北を宣言しました。私はかつてこのブログの初期に、待合室にいる夫が抱くジェラシーや喪失感について考察したことがあります。しかし、あの内診室という空間には、精神的なジェラシーなどとい...
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【No.049】概念の分断と視覚の漂白 —— Sさんとの対話(4)

こんにちは、御簾納です。前回は、0.1ミリにも満たない膜の話でした。責める相手のいない加害、というところに行き着いて終わっています。対話は、そこからもう一段進みました。今度は物ではありません。医療が使う「言い方」の話です。女性が婦人科で抱く...
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【No.048】ラテックスの手袋 と『触れているのに触れていない』断絶—— Sさんとの対話(3)

こんにちは、御簾納です。電動内診台による同意なき開脚、視覚の剥奪、クスコによる冷たい拡張。機械や金属による暴力性を語り終えた後、Sさんは、もう一つの壁について言及しました。これまで私が扱ってきた壁は、どれも目に見えるものでした。カーテン、内...
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【No.038】分類という名の征服――笠井寛司博士と『日本女性の外性器』

こんにちは、御簾納です。空間社会学、あるいは医学史の裏側を覗こうとする者にとって、避けては通れない一冊の「奇書」があります。1995年に出版された、笠井寛司博士による膨大な記録集、『日本女性の外性器』です。この本は、医学書という体裁をとりな...
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【No.035】冷たい金属の記憶――「クスコ(腟鏡)」に刻まれた客体化の歴史

こんにちは、御簾納です。以前の記事で、内診室に響く「カチャカチャという金属音」が、女性をモノへと切り替えるスイッチとして機能しているというお話をしました。今回は、その音を鳴らしている器具そのものに焦点を当ててみたいと思います。日本の婦人科に...
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【No.033】密室の多眼化(4)――「知人の内診」を消費する、歪んだ優越感

こんにちは、御簾納です。内診見学における知人との遭遇。この地獄のような事象の背後には、私たち男性が直視しなければならない、おぞましい「本音」が隠されています。以前、ネットの匿名掲示板に書き込まれた、ごく一部の心無い男性医師(あるいは医師を名...
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【No.032】密室の多眼化(3)――「サークルの先輩」「同級生」が覗き込む地獄

こんにちは、御簾納です。内診見学の特異な心理的負荷について語る上で、決してフィクションでは済まされない、あまりにも残酷な現実があります。それは、「見学している学生や医師が、患者の個人的な知人であった」というケースです。かつて女性週刊誌の婦人...