【No.095】男の「見栄」と包茎手術 —— 湯船に舞った白銀の雪と、まなざしの非対称性

社会とジェンダー

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こんにちは、御簾納です。

最近、婦人科や女性のデリケートゾーンに関する空間考察ばかりが続いていました。しかし、女性のハナシばかり取り上げて、男の股間から目を逸らすのはフェアではありませんよね。

というわけで今回は、男性器の整形、とりわけ「包茎手術」と「男の見栄」について語りたいと思います。  

そもそも、日本人の成人男性の約7割〜8割は「仮性包茎」だと言われており、わざわざ切る必要のないモノをぶら下げて生きています。

(聞きたい人がいるか分かりませんが)ここで少し、私自身の思春期の話をさせてください。  

中学生のある日、股間に未曾有の違和感を覚え、おそるおそるパンツを覗き込むと、なんと私のソレが「ズル剥け」になっていたのです。「なんだこれは!?」と焦った私は慌てて皮を元に戻しましたが、その後悪友たちから「包茎はダサい、恥ずかしい」という思春期特有の呪いをかけられ、私は風呂場で決意しました。

湯船に浸かりながら、自らの手でゆっくりと皮を剥いたのです。  

スルッ……と剥けたその瞬間。

湯船の中に、ぱあぁっ……と「白い粉雪」のようなものが美しく舞い散りました。長年、皮の奥底で大切に培養されていた「恥垢」が一気に水中に解き放たれた瞬間です。スノードームも顔負けの幻想的な光景でしたね。  

しかし、本当の地獄はそこからでした。外界の刺激を一切知らずに過保護に育てられてきた私の亀頭が、いきなり過酷な大自然(布地)へと放り出されたのです。パンツに擦れるだけで激痛が走り、最初の数日は完全にガニ股歩き。あの1ヶ月間は、男が大人になるための強制的な通過儀礼でした。  

さて、前置きが長くなりましたが、ここからが本題です。

世の男性向けクリニックの広告を見ると、包茎手術のメリットとして真っ先に「洗いやすさ」や「ニオイの軽減」といった『清潔感(衛生面)』が謳われています。これは女性の小陰唇縮小手術の宣伝文句と全く同じ構図です。  

しかし、冷静に考えてみてください。

「洗いやすくなるから」という理由だけで、ウン十万円も払って自分の急所にメスを入れる男が果たしてどれだけいるでしょうか?

彼らを突き動かす本当の原動力。それは「女性に馬鹿にされたくない」「大浴場で他の男に見栄を張りたい」という、ヒリヒリするようなコンプレックスと自己顕示欲です。  

女性のデリケートゾーン整形が「エロさや美しさ(見栄え)」を目的とするならば、男のそれは「強さと威厳(ステータス)」を目的としています。その証拠に、男性クリニックの裏メニューとも言える「長茎手術」や「亀頭増大手術」の存在を見てください。もはや清潔感など一切関係ありません。「より強そうな武器を装備したい」という、RPGの武器強化と全く同じ、オスの悲しい本能です。  

ここに空間社会学的な視点をもうひとさじ加えるなら、彼らが気にする『視線』の非対称性が非常に面白い。

女は密室の診察台で「異性(男)からの性的なまなざし」を気にしてエロティシズムや美しさを求めメスを入れるのに対し、男は温泉やサウナというオープンな場で「同性(他の男)からのマウンティングのまなざし」を気にしてメスを入れるのです。同性への見栄と、異性からの消費。同じように股間を切っていても、その背後にある「誰の目を恐れているか」というベクトルが全く異なります。

女性はエロさを求め、男性は強さを求める。しかし、そのまま口にするのは生々しくて恥ずかしいからこそ、男女ともに「清潔に保つためです」という白衣を着た『衛生』という最強の建前を借りて、クリニックの門を叩くのです。

人間の欲望とは、本当に滑稽で愛おしいものですね。  

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

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