【No.050】無菌の呪いと、「頭では分かってるんだけどね」 —— 検体になりきれない女たちの自己検閲

社会とジェンダー

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こんにちは、御簾納です。

Sさんとの対話が続いています。ここまでで彼女が繰り返し使った言葉が、一つあります。「検体」です。

あの台の上で、自分はモノとして扱われている。開かれるのも、覗かれるのも、触られるのも、人間に対してではなく、処理すべき対象に対して行われている。前回に至っては、あの部屋は医師の側にも「見ろ、しかし見たと思うな」という不可能を要求していました。部屋にいる二人が、揃って人間であることを降ろされている。

その解剖に打ちのめされたまま、私は頭を冷やすつもりで、いつものようにネットの掲示板を漁っていました。婦人科の受診を控えた女性たちが、匿名で交わしている雑談です。

そこで、Sさんの解剖と噛み合わない光景に出くわしました。

彼女たちは、必死で身体を洗っていたのです。

「明日検診なんだけど、シャワー浴びる時間なさそうで詰んでる」
「一応整えていった方がいいのかな。汚いって思われたくない」
「私は前日と当日で二回洗ってる」
「病院のトイレでもう一回拭いた」

生理と重なったので予約を取り直した、という声も複数ありました。身体の不調を調べに行くはずの場所に、身体が万全でないから行けない。倒錯しています。

これを「日本の清潔信仰」や「女性に押し付けられた美意識」の話として片付けるのは簡単です。実際、その側面は間違いなくあるでしょう。

しかし、私が引っかかったのはそこではありません。

考えてみてください。彼女たちは、これから「検体」になるはずなのです。

Sさんの言う通り、あの台の上でモノとして扱われ、ただの粘膜として処理されるのだとしたら、洗う必要などどこにもない。検体は綺麗である必要がない。汚れているかもしれないから調べるのであって、綺麗にしてから出すサンプルに意味はない。

検査の前に準備が要ることは、もちろんあります。内視鏡なら絶食しますし、腸を空にすることもある。ただ、あれは医師が指示するものです。見えるようにするために、そうしろと言われるから、そうする。

彼女たちに、そんな指示は出ていません。

にもかかわらず、婦人科の前でだけ、彼女たちは洗う。二回も、三回も。

そして、このやり取りの中に、私はこのブログを始めて以来、最も静かで、最も不可解な一行を見つけました。

洗う洗わないで悩んでいる相手に、ある女性がこう書き込んでいました。

「そんなに気にしなくても、向こうは仕事で見てるだけだから、いちいち何も思ってないよ」

至極まっとうな慰めです。実際その通りでしょう。医師にとっては何百人目かの粘膜であり、そこに感想などない。

しかし、返信がこうでした。

「頭では分かってるんだけどね」

私は、この一行の前でしばらく動けませんでした。

頭では分かっている。分かった上で、それでも洗う。

つまり彼女は、「自分は検体として処理されるだけだ」という理屈を、完全に理解しているのです。理解した上で、身体の方が言うことを聞かない。手が動いてしまう。

私はこれを、無菌化の呪いだと考えました。

社会が女性の身体に「常に清潔で、無臭で、整っていなければならない」という規範を刻み込みすぎた結果、彼女たちは、本来なら汚れたまま駆け込んでよいはずの場所にすら、完成された状態で出頭しようとしてしまう。理屈で解除できないところまで、それは食い込んでいる。

そして、ここに男の側の、あまりにも間抜けなすれ違いが重なります。

我々男は、女性の身体に「人間味」を求めていると言いたがる。生々しくていい、完璧でなくていい、そのままでいい、と。しかし、そう言う男に限って、彼女がその「そのまま」を見せた瞬間に、うろたえるか、笑うか、目を逸らす。私を含めて。

何度も裏切られてきたから、洗うのでしょう。

——ここまで書いて、一つ、どうしても片付かないものが残りました。

「頭では分かってるんだけどね」。

彼女は、誰に向かって身体を整えているのでしょうか。

提出先が機械なら、システムなら、制度なら、洗う理由はない。むしろその方が楽なはずです。しかし洗うという行為が発生している以上、彼女の身体は、カーテンの向こう側に「誰か」がいることを、すでに知ってしまっている。

検体になるのは、台に上がってからで間に合うはずです。それなのに彼女は、その前の晩、自宅の風呂場で、すでに誰かに見られている。まだ誰にも会っていないのに、もう視線の中にいる。

……これは何かの尻尾だと思うのですが、今の私には掴めません。ノートの隅に書き留めておくだけにして、次回、またSさんの解剖に戻ります。

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