ネット・SNS

社会とジェンダー

【No.091】採精室の死亡診断書 —— テクノブレイクという、妙に格好いい都市伝説

こんにちは、御簾納です。先日、駅前の雑居ビルの前を通りかかったら、上の方の階の窓に、不妊治療のクリニックの看板が新しく出ていました。(前はたしか英会話教室だったような気がするのですが、よく通る道なのに、そのあたりの記憶はまったく当てになりま...
メディアと表象

【No.069】自ら語る「胸」と、暴かれる「性器」 —— 二つの事件が示すタブーの境界線

こんにちは、御簾納です。美容外科の話題を続ける中で、この領域が社会でどう消費されているかについて、手元のノートから2つの象徴的な事件のメモを引っ張り出してみます。この2つの事案を対比することで、女性の身体における「タブーの境界線」が極めて残...
社会とジェンダー

【No.050】無菌の呪いと、「頭では分かってるんだけどね」 —— 検体になりきれない女たちの自己検閲

こんにちは、御簾納です。Sさんとの対話が続いています。ここまでで彼女が繰り返し使った言葉が、一つあります。「検体」です。あの台の上で、自分はモノとして扱われている。開かれるのも、覗かれるのも、触られるのも、人間に対してではなく、処理すべき対...
メディアと表象

【No.022】メディアにおける身体の境界線(後編)――無修正の現実と、「綺麗な蝶」という暴力

こんにちは、御簾納です。前回はドイツのコメディ番組を例に、西洋のフラットな身体表現について語りました。今回はその「ありのままを映す」というアプローチが極端な形で現れている、現代のネットメディアの事例を取り上げます。YouTubeなどの動画プ...
社会とジェンダー

【No.015】晒すことの勇気と社会の限界(後編)――「まなざし」の成熟を阻むもの

こんにちは、御簾納です。前回に続き、熊田曜子氏の婦人科検診動画について考えます。彼女が自らの身体を張って「検診の重要性」を啓蒙したにもかかわらず、なぜ一部の層はそれを下世話に消費し、あるいは「わざわざ見せるなんてはしたない」とバッシングに走...
社会とジェンダー

【No.014】晒すことの勇気と社会の限界(前編)――熊田曜子氏の検診動画が問うたもの

こんにちは、御簾納です。前回は、内診室のカーテンが「不本意に開かれた」事件について考察しましたが、今回はその逆とも言える事象――「自らの意思で密室を可視化した」事例について、少し掘り下げてみたいと思います。数年前、タレントの熊田曜子氏が、自...
空間と装置

【No.013】シュレディンガーの密室(後編)――私たちは「覗き見の誘惑」を断ち切れるか

こんにちは、御簾納です。女性インフルエンサーのカーテン事件についての考察、最終回です。医師はなぜ、診察中にわざわざカーテンを開けたのか。「直接顔を見て対話するため」や「痛がっていないか表情を見るため」といった純粋な医療目的の建前はいくらでも...
空間と装置

【No.012】シュレディンガーの密室(中編)――同情の声と、「自意識過剰」という二次加害

こんにちは、御簾納です。前回の続きです。内診中に医師に突然カーテンを開けられ、顔と下半身を見下ろされたという女性インフルエンサーの告発について考えています。彼女がYouTubeでこの恐怖と不快感を打ち明けた際、ネット上では多くの反響が巻き起...
空間と装置

【No.011】シュレディンガーの密室(前編)――突然開かれたカーテンが破壊したもの

こんにちは、御簾納です。今回から3回にわたり、数年前にネット界隈で大きな議論を呼んだ「ある女性インフルエンサーの告発」について、空間社会学と権力構造の視点から深く掘り下げてみたいと思います。その事件は、彼女が婦人科で内診を受けている最中に起...