【No.085】産婦人科医の息子の憂鬱 —— 下世話な論争と「ご近所さん」の壁

社会とジェンダー

【閲覧に関するご案内】
本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

今回は、密室の中の話から少し視点を広げて、その密室の主(あるじ)となる男たち——すなわち「男性の産婦人科医」たちのキャリアにまつわる、ちょっとした悲哀について書いてみようと思います。

医学部に入学した学生たちは、やがて自分の進むべき専門科を決めることになります。

その際、男子学生が「産婦人科」を選ぶと、同級生の男たちから必ずと言っていいほど飛んでくる、お約束の野次があるそうです。

「お前、どうせマンコが見たいだけだろ」

もちろん、本当に真剣に周産期医療や婦人科腫瘍学に取り組んでいる志の高い学生がほとんどであることは、十分に理解しています。しかし、この直球すぎる揶揄に対して、選んだ本人は「いや、新しい命が誕生する出産の神秘に感動してだな……」と、必死に高尚な大義名分を並べ立てて防衛線を張るわけです。男という生き物は、こういうところで本当にどうしようもないですね。

しかし、世の中には、自らの意思や性的な好奇心とは全く無関係に、この下世話な論争に強制参加させられてしまう不憫な人種が存在します。

それが、「産婦人科(開業医)の息子たち」です。

実は私の小中学校の同級生にも、一人いました。町の産婦人科医院の息子で、まあまあ仲の良かった男です。

小学校の低学年のうちは、産婦人科が何をするところなのか、誰も分かっていません。私たちに区別がついた医者といえば、風邪をひいたときに連れて行かれる町のお医者さんと、耳鼻科と、歯医者くらいのものです。ですから彼は単に「医者の息子」で、それだけで十分にすごい存在でした。

ところが学年が上がるにつれて、なんとなく分かってくるわけです。誰かがはっきり口にしたのを聞いた覚えはないのですが、クラスの女子たちが、彼に対して少し距離を置くようになっていったような気がします。

これは大人になってから、同窓会で聞いた話です。彼はあの頃、少しだけいじめられていた時期があったのだそうです。医者の息子というだけで妬まれる、というのもあったのでしょう。本人はたくましい性格でしたから、たいして気にしていなかったようですが、一度だけ大喧嘩になったことがあるといいます。

当時、親が公務員の子をからかうのに「税金で食う飯はうまいか?」という決まり文句がありました。彼が言われたのは、その応用編でした。

「マンコを覗いた金で食う飯は美味いか?」

子どもの語彙でよくそこまで組み立てたものだと、変なところで感心してしまいますが、言われた方はたまったものではありません。医学部の学生なら、少なくとも産婦人科を自分で選んでいます。彼は何ひとつ選んでいません。生まれた家の看板だけで、あの下世話な論争に、子どものうちから放り込まれていたわけです。

ちなみに私は、同窓会でその話を聞くまで、まったく知りませんでした。まあまあ仲が良かったはずなのですが。

さて、そんな息子たちには、「親の後を継ぐ」という使命が待っています。親の代から通ってくれている固定の患者さんがいる以上、わざわざ看板を掛け替えてゼロから別の科を始めるのは、決して賢い選択ではありません。おとなしく産婦人科医になるのが一番の親孝行であり、合理的な生き残り戦略なのです。

「俺は女の裸が見たいわけじゃない! 単なる家業を継ぐだけだ!」と主張する正当な権利があるにもかかわらず、医学部のホモソーシャルな空間では「はいはい、家業を言い訳にして合法的に見放題ですね」とねじ伏せられ、いじられキャラの十字架を背負わされます。子どもの頃と、言われていることはたいして変わりません。

さらに彼らを待ち受けるのは、同級生の野次よりも過酷な「地元での試練」です。

地域密着型の産婦人科において、息子が跡を継ぐというのは、実は非常にデリケートな問題を孕んでいます。なぜなら、地元の近所の女性たちからすれば、彼は「産婦人科の立派な若先生」である以前に、「鼻水を垂らして三輪車に乗っていた、あのタロウ君(仮)」だからです。

「いくら医者になったからって、近所のタロウ君に自分のアソコを見られて、内診台でグリグリされるなんて絶対に嫌だわ……」

こうして、親の代からの常連だったご近所さんたちは、息子が代替わりした途端、気まずさからスッと通院を避けるようになったりするそうです。

これまでの連載で、私は「医師と患者の圧倒的な権力勾配」について語ってきましたが、ご近所コミュニティにおける「昔から知っているおばちゃん」という存在は、その医療空間の権力バリアをいとも簡単に貫通してしまうのですね。

さて、私の同級生の話に戻ります。

彼はその後、当たり前のように医学部に進み、父親の医院を継ぎました。ここまでは、先ほど書いた「合理的な生き残り戦略」の通りです。ところが本人は、本当は皮膚科に進みたかったのだそうです。

そこで彼は、産婦人科の看板の隣に、皮膚科の看板も掲げることにしました。しばらくのあいだ、産婦人科と皮膚科という、あまり見かけない取り合わせの二枚看板が並んでいたわけです。

これが、意外にも若い女性に評判が良かったのだそうです。聞くところによると、この二つの科はもともと相性が良いらしい。(それに、看板が二枚あれば、入っていくところを知り合いに見られても「皮膚科です」と言い張れるわけですからね。ご近所のおばちゃんたちも、肌の相談くらいなら、昔から知っている若先生のところへ気兼ねなく行けたのかもしれません。)

やがて皮膚科だけでも十分にやっていけるようになり、今では産婦人科の看板を下ろして、女性向けのスキンクリニックとして、ずいぶん繁盛しているらしいと聞きました。

親の代からの患者がいる以上、看板を掛け替えるのは賢い選択ではない、と先ほど書いたばかりですが、彼は掛け替えた上で、しっかり上手くいっているわけです。机の上でこしらえた理屈というのは、だいたいこうして現実のほうに追い越されていくもののようです。

ちなみに、彼とはもう長いこと連絡を取っていません。本人がこの記事を読むことはまずないと思いますが、もし読まれたら、一発くらい殴られても仕方がないだろうな、とは思っています。なにしろ、この手の話では一度、大喧嘩をしている男ですから。

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました