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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
今回は、密室の中の話から少し視点を広げて、その密室の主(あるじ)となる男たち——すなわち「男性の産婦人科医」たちのキャリアにまつわる、ちょっとした悲哀について書いてみようと思います。
医学部に入学した学生たちは、やがて自分の進むべき専門科を決めることになります。
その際、男子学生が「産婦人科」を選ぶと、同級生の男たちから必ずと言っていいほど飛んでくる、お約束の野次があるそうです。
「お前、どうせマンコが見たいだけだろ」
もちろん、本当に真剣に周産期医療や婦人科腫瘍学に取り組んでいる志の高い学生がほとんどであることは、十分に理解しています。しかし、この直球すぎる揶揄に対して、選んだ本人は「いや、新しい命が誕生する出産の神秘に感動してだな……」と、必死に高尚な大義名分を並べ立てて防衛線を張るわけです。
そして面白いことに、彼をからかっていた周囲の男たちも、数年後には「やっぱり俺も産婦人科を選んでおけばよかった」などと恨めしそうに呟くのだとか。男という生き物は、どこまで行っても本当にどうしようもないですね。
しかし、世の中には、自らの意思や性的な好奇心とは全く無関係に、この下世話な論争に強制参加させられてしまう不憫な人種が存在します。
それが、「産婦人科(開業医)の息子たち」です。
彼らには、「親の後を継ぐ」という絶対的な使命があります。親の代から通ってくれている固定の患者さんがいる以上、わざわざ看板を掛け替えてゼロから別の科を始めるのは、決して賢い選択ではありません。おとなしく産婦人科医になるのが一番の親孝行であり、合理的な生き残り戦略なのです。
「俺は女の裸が見たいわけじゃない! 単なる家業を継ぐだけだ!」と主張する正当な権利があるにもかかわらず、医学部のホモソーシャルな空間では「はいはい、家業を言い訳にして合法的に見放題ですね」とねじ伏せられ、いじられキャラの十字架を背負わされます。
さらに彼らを待ち受けるのは、同級生の野次よりも過酷な「地元での試練」です。
地域密着型の産婦人科において、息子が跡を継ぐというのは、実は非常にデリケートな問題を孕んでいます。なぜなら、地元の近所の女性たちからすれば、彼は「産婦人科の立派な若先生」である以前に、「鼻水を垂らして三輪車に乗っていた、あのタロウ君(仮)」だからです。
「いくら医者になったからって、近所のタロウ君に自分のアソコを見られて、内診台でグリグリされるなんて絶対に嫌だわ……」
こうして、親の代からの常連だったご近所さんたちは、息子が代替わりした途端、気まずさからスッと通院を避けるようになったりするそうです。
これまでの連載で、私は「医師と患者の圧倒的な権力勾配」について語ってきましたが、ご近所コミュニティにおける「昔から知っているおばちゃん」という存在は、その医療空間の権力バリアをいとも簡単に貫通してしまうのですね。
合法的な優越感を手に入れるはずが、同級生からは下世話な嫉妬を向けられ、ご近所のおばちゃんたちからは「タロウ君だから嫌」と敬遠される。産婦人科医の息子というのも、なかなかどうして、憂鬱で複雑な立ち位置のようです。
それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。


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