【No.072】沈黙のシェルター —— 採精室という孤独な戦場

空間と装置

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

少し前に、婦人科の待合室にいる「付き添いの彼氏や夫」の話を書きましたが、今回はさらに踏み込んで、不妊治療クリニックにおいて最も「語りづらく」、かつ「デザインの意図が迷走しがち」な空間についてのメモです。採精室、いわゆるメンズルームについて考えてみましょう。

不妊治療を経験した男性たちが集まると、採精室での体験はしばしば「笑い話」として消化されるのだそうです。「あのアダルトビデオのラインナップは誰が選んでいるんだ?」「あの狭い個室で、時間内に結果を出さなきゃいけないプレッシャーは異常だ」と。

しかし、空間デザイナーとしての私の耳には、その笑い声の裏に潜む、切実な「恐怖」と「孤独」がはっきりと聞こえてくるのです。

婦人科という空間は、徹底的に「女性の聖域」として設計されています。そんな完全なアウェー空間に、男性は一人、放り込まれます。待合室に座る女性たちの視線を背中に浴びながら、「採精室」という札が掛かった扉をくぐる。そこから先は、「極度の緊張とプレッシャーの下で、自らの性的な興奮をコントロールし、生理現象を完遂させなければならない」という、非常に孤独で繊細な作業が課されます。

医療スタッフがすぐ外を歩き、物音が響くかもしれない不安定な密室で、プライバシーを剥き出しにする。その精神的な負担を、彼らは必死にユーモアというオブラートに包んで守ろうとしているのです。

では、空間デザイナーはこの部屋をどう設計すべきでしょうか。

よく見かける「ビジネスホテルのような豪華な内装」は、実は的外れなことが多いと私は考えています。無機質な病院の中に突如現れるホテルのような部屋は、かえってそこに流れる「行為」の生々しさを強調し、男性に心理的なブレーキをかけさせてしまうからです。

本当に必要なのは、装飾ではなく「絶対的なシェルター(隠れ家)」としての機能です。

徹底した「音」の遮断により、物理的に「世界から切り離されている」という確信を与えることが何よりも優先されます。そして、自己完結できる「機能動線」。採精後の容器を提出する小窓、素早く身なりを整えられる洗面台。「何事もなかったかのように、清潔な自分に戻って外に出られる」という保証こそが、男性のプライドを守るための正解なのです。

女性の痛みに寄り添うクリニックであればこそ、その陰で静かにプレッシャーと戦う男性たちのための、無機質で清潔な「沈黙のシェルター」がきちんと設計されるべきだと感じます。

それでは、また気が向いた時に。

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