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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。大変ご無沙汰しております。
前回の【No.081】で「ノートの切れ端も最後の1ページになった」とお伝えした通り、過去の研究ノートのストックは本当に全部吐き出し切ってしまいました。なので、私としてはあのままフェードアウトして、静かにブログを終えるつもりだったんです。
ところが、ブログの外で本丸の研究を続けていると、日常のふとした瞬間に「ん? これはどういうことだ?」と空間社会学的な違和感を覚えてしまう。そして、どうしてもそれを解剖して言葉にしたくなってしまうんですよね……。というわけで、舌の根も乾かぬうちに、ひょっこりと戻ってきてしまいました。
自分の往生際の悪さに苦笑いしつつ、今日からはまた、そんな「ふとした違和感」を、日記やエッセイ感覚でゆるゆると綴っていこうと思います。更新頻度は以前よりさらにのんびりしたものになると思いますが、気長にお付き合いいただければ幸いです。
さて、再開第一回目のテーマは、ネットの「検索窓」に潜むある言葉についてです。
皆さんは、GoogleやSNSの検索窓で「婦人科 内診」と打ち込んでみたことはあるでしょうか。
実は、それを入力すると、サジェスト(一緒に検索されやすい予測候補)として、ある奇妙なオノマトペ(擬音語)がかなりの高確率で出現するんです。
それが、「グリグリ」です。
「内診でグリグリされて痛かった」
「あのグリグリって一体何をしているの?」
「明日の検診、またグリグリされるかと思うと憂鬱」
ネットの海には、この得体の知れない「グリグリ」に対する女性たちの悲鳴と疑問が無数に溢れ返っています。男である私からすれば、「グリグリ」って何とも漠然としていて、どこか漫画チックで滑稽な響きすらある言葉です。でも、女性たちにとってこれは、決して笑い事ではない共通の恐怖体験なんですよね。
医学的な事実を紐解けば、この正体はいくつか考えられます。
一つは、子宮や卵巣の様子をモニターに映し出す「経膣エコーのプローブ」を、最適な角度を探るために前後左右に動かす動作。もう一つは、子宮頸がん検診などで、細胞を採取するために専用の小さなブラシや綿棒のようなもので粘膜をこすり取る動作。あるいは、医師の指による触診です。
医師の側からすれば、それは極めて繊細で、ミリ単位の「的確な医療行為(サンプリングや探索)」に過ぎません。乱暴にえぐり回しているつもりなんて、毛頭ないはずです。
では、なぜその正確で繊細な医療行為が、患者の側からは「グリグリ」という、まるで力任せにえぐられているかのような暴力的な言葉に変換されてしまうのでしょうか。
ここに、私が以前の連載で散々語ってきた「あの分厚いカーテン」の罪深さが顔を出します。
カーテンによって視覚を完全に奪われた女性は、自分の身体の最深部で何が起きているのかを「見る」権利を剥奪されています。
見えないからこそ、人間は触覚と想像力だけが異常に研ぎ澄まされてしまう。
「今、細胞を採取するための小さなブラシが入りますよ」という視覚情報が事前にあれば、納得して受け入れられる微細な摩擦も、暗闇の中では「正体不明の硬い異物で、急所を無遠慮にかき回されている」という、強烈な恐怖の感覚へと脳内で増幅されてしまうのです。
視覚の剥奪が、数ミリの繊細な医療行為を、暴力的な「グリグリ」という幻影へと肥大化させているわけですね。
そしてもう一つ。この「グリグリ」という言葉が女性たちの間で広く定着した背景には、彼女たちの涙ぐましい「防衛本能」が隠されていると私は分析しています。
「粘膜の細胞を削り取られた」「エコーの棒で物理的にかき回された」とリアルな言葉で表現してしまうと、その空間の暴力性が生々しすぎて、精神が耐えられない。
だからこそ、彼女たちはあえて「グリグリ」という、少し間抜けで幼児的なオノマトペに変換しているのではないでしょうか。言葉を少しだけポップに中和することで恐怖を和らげ、同時に「昨日、グリグリ痛かったよね」「わかる!」と、ネット上で女性同士が連帯するための「合言葉」にしているのです。
視覚を奪う空間が生み出し、女性の防衛本能が言語化した、幻の暴力「グリグリ」。
それは、医療の無機質さと女性の恐怖がすれ違う密室から生まれた、現代の都市伝説のようなものなのかもしれません。
……と、少し軽めに日常の視点から書くつもりが、結局また「空間の暴力」だの「視覚の剥奪」だのと、いつもの御簾納節に戻ってしまいましたね(笑)。どうやら、私からこの理屈っぽくて無駄に熱いフィルターを完全に外すことは不可能なようです。
それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。


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