【No.082】検索窓の都市伝説 —— 密室に響く「グリグリ」の正体

空間と装置

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。大変ご無沙汰しております。

前回の【No.081】で「ノートの切れ端も最後の1ページになった」とお伝えした通り、過去の研究ノートのストックは本当に全部吐き出し切ってしまいました。なので、私としてはあのままフェードアウトして、静かにブログを終えるつもりだったんです。

ところが、ブログの外で本丸の研究を続けていると、日常のふとした瞬間に「ん? これはどういうことだ?」と空間社会学的な違和感を覚えてしまう。そして、どうしてもそれを解剖して言葉にしたくなってしまうんですよね……。というわけで、舌の根も乾かぬうちに、ひょっこりと戻ってきてしまいました。

自分の往生際の悪さに苦笑いしつつ、今日からはまた、そんな「ふとした違和感」を、日記やエッセイ感覚でゆるゆると綴っていこうと思います。更新頻度は以前よりさらにのんびりしたものになると思いますが、気長にお付き合いいただければ幸いです。

さて、再開第一回目のテーマは、ネットの「検索窓」に潜むある言葉についてです。

皆さんは、GoogleやSNSの検索窓で「内診」と打ち込んでみたことはあるでしょうか。

実は、それを入力すると、サジェスト(一緒に検索されやすい予測候補)として、ある奇妙なオノマトペ(擬態語)がかなりの高確率で出現するんです。

それが、「グリグリ」です。

「内診でグリグリされて痛かった」

「あのグリグリって一体何をしているの?」

「明日の検診、またグリグリされるかと思うと憂鬱」

ネットの海には、この得体の知れない「グリグリ」に対する女性たちの悲鳴と疑問が無数に溢れ返っています。男である私からすれば、「グリグリ」って何とも漠然としていて、どこか漫画チックで滑稽な響きすらある言葉です。でも、女性たちにとってこれは、決して笑い事ではない共通の恐怖体験なんですよね。

医学的な事実を紐解けば、この正体はいくつか考えられます。

一つは、子宮や卵巣の様子をモニターに映し出す「経膣エコーのプローブ」を、最適な角度を探るために前後左右に動かす動作。もう一つは、子宮頸がん検診などで、細胞を採取するために専用の小さなブラシや綿棒のようなもので粘膜をこすり取る動作。あるいは、医師の指による触診です。

医師の側からすれば、それは極めて繊細で、ミリ単位の「的確な医療行為(サンプリングや探索)」に過ぎません。乱暴にえぐり回しているつもりなんて、毛頭ないはずです。

では、なぜその正確で繊細な医療行為が、患者の側からは「グリグリ」という、まるで力任せにえぐられているかのような暴力的な言葉に変換されてしまうのでしょうか。

ここに、私が以前の連載で散々語ってきた「あのカーテン」の罪深さが顔を出します。

カーテンによって視覚を完全に奪われた女性は、自分の身体の最深部で何が起きているのかを「見る」権利を剥奪されています。

見えないからこそ、人間は触覚と想像力だけが異常に研ぎ澄まされてしまう。

小さなブラシが入ってくるところを自分の目で見ていれば納得して受け入れられる程度の微細な摩擦も、暗闇の中では「正体不明の硬い異物で、急所を無遠慮にかき回されている」という、強烈な恐怖の感覚へと脳内で増幅されてしまうのです。

視覚の剥奪が、数ミリの繊細な医療行為を、暴力的な「グリグリ」という幻影へと肥大化させているわけですね。

そしてもう一つ。この「グリグリ」という言葉が女性たちの間で広く定着した背景には、彼女たちの涙ぐましい「防衛本能」が隠されていると私は分析しています。

「粘膜の細胞を削り取られた」「エコーの棒で物理的にかき回された」とリアルな言葉で表現してしまうと、その空間の暴力性が生々しすぎて、精神が耐えられない。

だからこそ、彼女たちはあえて「グリグリ」という、少し間抜けで幼児的なオノマトペに変換しているのではないでしょうか。言葉を少しだけポップに中和することで恐怖を和らげ、同時に「昨日、グリグリ痛かったよね」「わかる!」と、ネット上で女性同士が連帯するための「合言葉」にしているのです。

視覚を奪う空間が生み出し、女性の防衛本能が言語化した、幻の暴力「グリグリ」。

それは、医療の無機質さと女性の恐怖がすれ違う密室から生まれた、現代の都市伝説のようなものなのかもしれません。

この仮説、我ながらなかなか気に入っておりまして、念のため裏付けでも取っておこうと、検索結果をもう少し下までたどってみたのです。

すると、「陣痛」だの「効果」だのという、恐怖体験にはおよそ似つかわしくない言葉が、ずらりと並んでいました。

恐怖体験に「効果」というのも妙な話なので、おそるおそる開いてみると、どうやらこういうことのようです。臨月の妊婦健診では、陣痛が来るのを促すために、医師が子宮口から指を入れて、赤ちゃんを包んでいる膜を子宮の壁からぐるりと剥がすことがある。正式には「卵膜剥離」という処置なのですが、妊婦さんたちの間では、これがすっかり「内診グリグリ」で通っているのです。お医者さんが監修した記事の見出しにまで、普通に「内診グリグリ」と書いてあります。

つまりこのグリグリは、カーテンの向こうで増幅された幻でもなんでもなく、医師がちゃんと意図してグリグリしている処置の名前だったわけです。(「数ミリの繊細な医療行為」などと書いてしまいましたが、少なくともこちらのグリグリについては、そういう話ではなかったようです。)

しかも体験談を読んでいくと、「痛いことは痛いけど、陣痛のほうがよっぽど痛い」とか、「グリグリしてもらった数日後に、待ちに待った陣痛が来た」とか、悲鳴どころか、ちょっとした朗報のような書き込みまで混じっています。

そうなると、女性たちが「昨日、グリグリ痛かったよね」「わかる!」と言い合っているのも、恐怖を中和するための合言葉などではなく、同じ処置を受けた人同士が普通に報告し合っているだけ、なのかもしれません。予防接種のあとで「腫れた?」「腫れた腫れた」と言い合うのと、たぶんそう変わらないのでしょう。

ちなみに、妻の妊婦健診には何度か付き添ったはずなのですが、私はこの言葉を聞いた覚えがありません。聞いていなかったのか、聞いていたのに覚えていないだけなのか、そのあたりはあまり自信がないのですが。

ただ、ゆるゆる書くと言いながら結局いつもの理屈をこね回し、そのうえ往生際まで悪い私としては、ここで少しだけ弁解をさせていただきたいのですが、調べていくと、妊娠していない人が普通の婦人科の内診のことを「グリグリされた」と書いている例も、ちらほら見つかるのです。

「グリグリ」という言葉のインパクトが強いせいか、本来の持ち場である臨月の妊婦健診を離れて、普通の内診のほうにまで一人歩きしているわけです。

私の仮説が生き残れる場所があるとすれば、この一人歩きしている方のグリグリくらいなのですが、そちらはそちらで、本家のグリグリ経験者からすると「それはグリグリではない」ということになるらしく、なんとも心許ない話です。

タイトルに「都市伝説」などと付けてしまいましたが、本来の意味を離れて一人歩きしている言葉、という意味でなら、あながち外れでもなかったのではないか……と言いたいところですが、それを言い出すと本家の皆さんに叱られそうな気がするので、やめておきます。

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

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