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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
今日は、婦人科の「待合室」にフォーカスしたノートの切れ端から。
この話を書こうと思ったきっかけは、女性たちの雑談を眺めていたことでした。婦人科の話題になると、妙に高い確率で待合室の話が出てくるのです。しかもだいたい、あの椅子の並べ方がどうだとか、あのオルゴールがどうだとか、半笑いで語られている。
たとえば、近年の新しい婦人科クリニックでよく見られる「視線が合わない椅子の配置」。
一人掛けのソファを斜めに配置し、全員が窓や壁など「同じ方向」を向くようにするか、高いパーティションで区切る。グラデーションの激しい事情を抱えた女性たちが一つの空間に押し込まれたとき、交差する視線が「あの人はなぜここにいるのだろう」という無意識の詮索を生み出してしまうのを防ぐためです。
以前の私なら、これらの空間デザインを「患者のパーソナルスペースを守る見事なホスピタリティだ」と手放しで賞賛していたかもしれません。しかし、あの密室の現実を突きつけられ、自分の浅はかさを思い知った今の私には、これが別のものに見えてしまいます。
一見すると優しい工夫ですが、裏を返せば「婦人科とは、他人の目を避け、息を潜めていなければならない恥ずかしい場所である」というタブー意識を、空間の側から肯定し、補強してしまっているとも言えます。
そしてもう一つ、待合室の空気を支配しているのが「音」です。
ポロロン、ポロロンと、優しく眠気を誘うような音量で流れ続ける、オルゴール調のJ-POPやヒーリングミュージック。
これについても、彼女たちの見立てはあっさりしたものでした。あれは癒やしなんかじゃなくて、ドアの向こうから漏れてくるものを聞かせないためでしょう、と。あの電動内診台が上昇するモーター音や、極めてプライベートな会話の断片。つまりは、極めて計算高い「音の防空壕(サウンドマスキング)」だというわけです。
言われてみれば、私もあの音は何度も聞いているのです。妻に付き添った待合室でも、Sさんを待っていた待合室でも。ただ、私にとってあれは本当にただのBGMで、音量が大きいなと思ったことすらありませんでした。同じ空間で同じ音を聞いていて、片方はそれが結界だと分かっていて、片方は何も気づかずに座っていたわけです。
そういえば【No.007】で、内診台のモーター音は待合室にいる非当事者の耳には単なる機械音にしか聞こえない、というようなことを書きました。あのときは自分のことを書いているつもりはなかったのですが、どうやら私は、その機械音が聞こえないように設計された側に座っていたようです。
視線を遮断する椅子と、聴覚を塞ぐオルゴール。
女性たちは癒されていると同時に、これらの見えない結界によって、すぐ数メートル先にある「剥き出しの密室」から辛うじて守られている。そう考えると、あの静かなオルゴールのメロディが、なんだか少し切なく、そして非常に計画的なものに聞こえてはこないでしょうか。
それでは、また気が向いた時に。


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