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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
少し重たいテーマが続いたので、今日はぐっと敷居を下げて、待合室で見かける極めて日常的かつコミカルな光景について語ってみましょう。
以前、レディースクリニックの待合室が「アグレッシブなまでのパステルカラー」で埋め尽くされているという謎について触れました。あのピンクと花柄に囲まれた完全なる女性専用の聖域に、時として、明らかに周囲の生態系とは異なる「巨大な異物」がポツンと混ざっていることがあります。
そう、妻や彼女の付き添いでやってきた「男性(夫・彼氏)」たちです。
一歩足を踏み入れた瞬間から、男たちは自分が「入ってはいけない禁足地」に迷い込んでしまったことを本能で察知します。周囲を見渡せば女性ばかりで、そこに地味な服を着た自分が場違いな質量として存在しているわけです。
かつての私(【No.006】)は、この空間の気まずさを「女性たちは社会の正しさに言葉を奪われ、マナー論でしか安全空間を守れないのだ。その切実なSOSを理解した上で、男も当事者として胸を張るべきだ」などと、社会学の安全な書斎から理屈っぽく分析し、女性の葛藤を代弁した気になっていました。
しかし、Sさんに連れられて実際にあの待合室に座らされた時の、途方もない疎外感と冷や汗を経て、私は自分の分析がいかに傲慢で頭でっかちであったかを思い知らされました。
男性たちが居心地悪そうにしている本当の理由は、空間の緩衝機能やマナー論などという小綺麗な理屈ではありません。
自分が「オスのまなざし(加害性)」を持つ脅威として、限界まで無防備になっている女性たちから本能的に警戒され、嫌悪されていることを、男自身が肌で、暴力的なまでに理解しているからです。
ここから、彼らの必死の生存戦略が始まります。
彼らに課された至上命題はただ一つ。「自分は決して怪しい者でも、性的な目を持つオスでもありません」と全身全霊でアピールすること。つまり、空間における「無害なオブジェクト(置物)」への擬態です。
まず彼らを襲うのが「視線の置き場がない問題」です。ふと顔を上げた先に女性患者がいれば「不審な視線を向けた」と誤解されかねません。結果として、彼らが選ぶ選択肢は、ひたすらスマホの画面を一心不乱に見つめ続けるか、床のフローリングの木目を地球の裏側まで見通すかのように凝視し続けるか、です。
背筋を丸め、できるだけ自分の体積を小さく見せようと縮こまり、呼吸の音さえ潜めている。普段外の世界では大きな顔をして歩いているであろう大人の男が、ピンク色のソファの上で借りてきた猫のようになっている姿は、最高に滑稽です。
空間社会学的に言えば、彼らは男性優位の社会から一歩この密室に足を踏み入れた途端、強制的に「マイノリティ(弱者)」の立場に置かれているわけです。普段女性たちが男社会で感じている視線のプレッシャーを、男たちが身を以て体験している縮図のようでもあり、なかなか興味深い現象です。
それでは、また気が向いた時に。


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