【No.059】スカートかパンツか —— 脱衣カゴと「数歩の距離」のサバイバル

空間と装置

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

ノートの切れ端をめくっていると、ネット上の女性向けの匿名掲示板やSNSで、定期的に、そして終わりのない熱量で交わされている「ある論争」についてのメモが出てきました。

「婦人科には、スカートで行くべきか、それともパンツ(ズボン)で行くべきか」

男である私からすれば、病院に行く時の服装など「風邪なら脱ぎ着しやすい服で行こう」「採血があるなら腕がまくりやすい服がいい」程度の、単なる利便性の問題でしかありません。しかし、婦人科に通う女性たちのこの論争を紐解いていくと、そこにはそんな生ぬるい利便性とは次元の違う、極めて切実な「尊厳を守るための防衛戦略」が隠されていることに気づかされます。

スカート派の最大のメリットは、診察室の隅にある脱衣スペースで「下着(パンツ)だけを脱げば済む」ことです。

スカートは履いたまま内診台まで歩き、椅子に座る瞬間にバサッとたくし上げればいい。これなら、あの脱衣スペースから内診台までの「数歩の距離」を歩く間、腰から下が丸出しになるのを防ぐことができます。

一方、パンツ(ズボン)派の場合、脱衣スペースで下半身を「完全に全裸」にしなければなりません。

スースーする下半身を抱え、備え付けのバスタオル(いわゆる腰巻き)を巻きつけて内診台まで歩くか、タオルがないクリニックでは、本当に下半身丸出しのまま数歩を歩くハメになります。ネットの書き込みには、「下半身すっぽんぽんで歩くのが恥ずかしすぎて死にたかった」など、まるで戦場のサバイバル報告のような体験談が飛び交っています。

かつての私なら、この「下着を脱いでから内診台までの数歩の距離」を、「社会的な主体から医療の客体へと移行する、主権を失った宙吊りの時間」などと高尚な言葉で定義して悦に入っていたでしょう。

しかし、Sさんに言わせれば「そんな小綺麗な理屈じゃなくて、ただひたすらに恥ずかしくて惨めな時間を1秒でも減らしたい、切実なサバイバルなのよ」と鼻で笑われるに違いありません。

「今日は病院だから、少しでも恥ずかしくない服を」。

そんな風に、見えない空間の権力による自己検閲を朝のクローゼットの前から強いられているという現実に、相変わらずこの社会の重たさを感じてしまいます。

それでは、また気が向いた時に。

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