【No.065】内科と婦人科の境界線 —— 「邪魔な障害物」としての乳房と見えないフリの共同幻想

社会とジェンダー

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こんにちは、御簾納です。

前回まで「上半身の密室(乳房)」に関するノートの切れ端をいくつか引っ張り出してきましたが、このテーマの最後に、私たちが最も日常的に利用する「内科」という空間での暗黙のルールについて書き留めておきます。

風邪をひいたりして内科を受診した際、医師は心音や呼吸音を聞くために聴診器を当てます。女性は服をまくり上げるか、衣服の隙間から医師が聴診器を差し込むことを許容します。心臓の音を正確に拾うためには、どうしても左胸(乳房)のすぐ近く、あるいはその下へと聴診器の冷たい金具を潜り込ませなければなりません。

この瞬間、内科という空間において、乳房は一体どのような扱いを受けているのでしょうか。

結論から言えば、内科における乳房とは、性的オブジェクトでもなければ、診察すべき患部でもありません。それは単なる「心臓や肺の音を拾うための、邪魔な地形的障害物」に過ぎないのです。

婦人科や乳腺外科では、乳房そのものが「主役」としてまなざしに晒されます。しかし内科では、医師のまなざしは乳房を透過して、その奥にある心臓や肺へと向けられています。医師はそこにおっぱいがあることを徹底的に無視し、女性側も「私はおっぱいを見せているのではなく、心音を聞かせるために胸壁を開け渡しているのだ」という自己暗示をかけます。

ここには、医師と患者の間で交わされる「ここに女性性は存在しないものとする」という強固な共同幻想が存在しています。

しかし、自分の最も性的な象徴のすぐ近くを冷たい金具で這い回られる行為が、何も感じないただの「作業」であるはずがありません。

「谷間が見えすぎていないか」「医師の手の甲が触れてしまわないか」。内科の診察室には、そんな無数のミクロの緊張感が張り詰めています。

医師はそれを見えていないフリをし、女性は見せていないフリをする。

空間の看板が「乳腺外科」から「内科」へと変わるだけで、身体の意味は完全に書き換えられ、この白々しいフィクションを演じ続けなければならない。内科における聴診の独特の居心地の悪さは、こんな空間のバグから生まれているようです。

それでは、また気が向いた時に。

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