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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
仕事先の会議室で空調の風を感じた時、私たちが普段どれほど「平均化された身体」を前提に生きているかに気づかされます。今回は「室温」という見えないインフラについてのメモです。
更年期障害における「ホットフラッシュ(ほてり・発汗)」について考えてみましょう。
冬の寒い日、一般的なクリニックの待合室は、患者様を冷やさないように暖房がしっかりと効かされています。しかし、ひとたびホットフラッシュの発作に見舞われた更年期の患者様にとって、この「優しくて暖かい待合室」は、逃げ場のない拷問室へと変貌します。
周囲の人々がコートを着込んだまま暖を取っている中、自分だけが突然、顔を真っ赤にして滝のような汗を流し始める。そして何より残酷なのは、ここで患者様が「周囲の目」を気にして、必死に汗を拭い、何事もないかのように「普通の顔(=社会が求める平均的な振る舞い)」を取り繕わなければならないという事実です。
なぜ、冬の待合室で汗をかくことが「恥ずかしいこと」として扱われるのでしょうか。
それは、この社会の空間デザインが「常に体温調節がうまくいく健康な身体」を標準とし、そこから逸脱するものを「異常」として隠そうとするからです。
私たちが本当に問いたいのは、最新の空調設備でホットフラッシュを「隠蔽」することではありません。
真冬の待合室で、汗だくになって扇子を激しく仰いでいる女性がいたとしても、周囲がそれを「奇異な目」で見るのではなく、「ああ、そういう時期の身体の現実なのだな」と、フラットに受け流せる社会の成熟です。
「適温」という多数派が設定した見えない暴力に抗うには、社会の側の懐の深さが必要不可欠なのです。
それでは、また気が向いた時に。


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