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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
これまで、ノートの切れ端をめくりながら、下半身(内診台や脱衣所)の空間ばかりを語ってきましたが、ふと視点を上に移してみると、また別の残酷な空間の権力が見えてきます。
今回は「上半身の密室」、つまり乳房(おっぱい)が医療空間でどのように扱われているかについてのメモです。
Sさんに内診台の暴力性についてこってり絞られた後遺症か、視線を上に移してみても、どうしても空間の暴力性ばかりが目についてしまいます。
生身の人間の手が介入する前に、まずはこの空間に君臨する「ある機械」について語らなければなりません。乳がん検診で用いられる「マンモグラフィー(乳房X線検査)」です。
女性の乳房を台の上に載せ、透明なアクリル板で挟み込み、限界まで「平ら」に押し潰して撮影する機械です。少しでも厚みがあると病変が見えにくくなるため、放射線技師は容赦なく乳房を引っ張り出し、ペラペラになるまで圧迫します。経験した女性たちは「ちぎれるかと思った」「息が止まるほど痛い」とその凄惨な痛みを語ります。
空間社会学的に見れば、これは「女性性の物理的な解体(圧殺)」という極めて暴力的なプロセスです。
乳房とは本来、丸みや柔らかさという、女性の身体におけるエロティシズムの象徴です。男の本能が執着するその「立体的な膨らみ(3D)」を、医療機械は物理的な圧力によって徹底的に破壊し、一枚のペラペラな白黒のデータ(2D)へと強制的に変換します。
テレビのニュース番組などで、下半身の露出は絶対的なタブーとして扱われるのに、マンモグラフィーに挟まれている胸の映像は、啓蒙目的とはいえ、意外とそのまま放送されることがあります。
なぜ胸は白日の下に晒されることが許容されるのか。
それは、「機械によって限界まで平らに圧殺された乳房からは、男のエロティシズムを喚起する要素が完全に抜け落ちているから」に他なりません。立体としての魅力を物理的に奪われた乳房は、もはや猥褻なものではなく、ただの「医療用の生肉データ」として社会に許容されるのです。
「命を守るため」という絶対的な大義名分のもと、女性たちは自ら進んで上半身をはだけ、冷たい台の上に自らの象徴を差し出し、機械に押し潰される屈辱を受け入れなければならない。これもまた、医療というシステムがもたらす無機質な暴力の一つです。
それでは、また気が向いた時に。


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