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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
夜更けに手元のノートを整理していると、かつて書き殴った思考の沼に、再び足を引きずり込まれそうになることがあります。今日は少しだけ、その深淵の切れ端にお付き合いください。
視覚を奪われ、聴覚の不安に耐えている内診台の上の女性に対して、カーテンの向こう側の医師はエコーのモニターを見つめながらこう声をかけます。
「あー、ここに少しポリープがありますね」
「左の卵巣が腫れています。少し痛いですよ」
これは、医療現場におけるごく普通のコミュニケーションに見えます。しかし、空間社会学の視点からこの構図を解剖したとき、私は背筋が凍るような異常性に気がつきました。
患者は今、自分の身体の中(最も深くて親密な領域)で起きている事実を、自分の目で確かめることができません。彼女は、システム(医師や機械)の「声」を通してでしか、自分自身の状態を知ることができないのです。
これはもはや、医療というシステムが患者の身体を乗っ取り、代わりに声を発する『腹話術』ではないでしょうか。
女性たちは、自分の身体であるにもかかわらず、自らそれを見て語る言葉を奪われ、他者(医師)に自分の状態を代弁される無力な「腹話術の人形」へと還元されてしまうのです。
「痛いですか?」「ここに異常がありますよ」。
腹話術師(医師)によって自分の身体の現実を語られるとき、女性の「自己」は完全に肉体から切り離されています。
Sさんが以前「自分の身体のコントロール権を完全に取り上げられる感覚がする」と語っていましたが、まさにその通りです。電動内診台によって物理的な主権を奪われ、カーテンによって視覚を奪われ、最後に「自らの身体を語る声」すらもシステムに奪われる。
内診台という空間は、女性を肉体的、感覚的、そしてコミュニケーションのすべての次元において「客体(モノ)」へと解体する、完璧に計算された工場なのだと、改めて思い知らされます。
それでは、また気が向いた時に。


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