【閲覧に関するご案内】
本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
ネットの医療コラムを読んでいると、「おしっこをした後の拭き方」や「お風呂での正しい洗い方」が、大人の女性に向けて極めて真面目に指導されているのをよく見かけます。
前から後ろへ拭きましょう。石鹸でごしごし洗ってはいけません。デリケートゾーン専用のソープを使いましょう。医師が監修についていて、ご丁寧に図解まで添えられていたりします。
最初に見たときは、何かの入門記事だろうと思っていました。思春期の女の子向けの啓発か何かなのだろう、と。ところがよく読んでみると、どうも対象は成人女性らしいのです。三十代も四十代も、普通に想定されている。
これはいったい、どういうことなのでしょうか。
拭き方や洗い方というのは、本来、幼少期に一度覚えたらあとは一生使い回すたぐいの技術だと思うわけです。それを大人になってから、わざわざ専門家に教わっている。
さて、こう書くと、こんな反論が来そうな気がします。専門医が指導して何が悪いのか、耳鼻科の先生が正しい耳掃除の仕方を教えてくれるのと同じことではないか、と。
言われてみればもっともな話なので、少し調べてみました。
そうしたら、なかなか面白いことが分かったのです。耳鼻科の側が言っていたのは、正しい耳掃除の仕方ではありませんでした。
耳掃除は、しなくていい。
これが標準的な見解のようなのですね。耳垢というのは自然に外へ出ていく仕組みになっているので、基本的には放っておいてよろしい。むしろ綿棒を突っ込むと奥へ押し込んだり、外耳道を傷つけたりするから、やめておきなさい、と。
つまり耳の方は「やらなくていい」と言われているわけです。
一方、女性器の方は「正しくやりなさい」と言われている。
同じ専門家による指導でも、向きが正反対になっています。片方は手を出すなと言い、もう片方は手順を教えている。
しかも調べていて感心したのですが、女性器も自浄作用を持つ器官なのだそうです。膣内は自力で環境を保つようにできていて、内側を洗うのはかえって良くないとされている。構造としては、耳とそれほど変わらないことになります。
それなのに、耳は放置してよくて、こちらは指導が要る。
——ここで、私自身のことを考えてみました。
私は、拭き方を教わったことがありません。
思い返してみても、親から習った記憶も、学校で教わった記憶も、医療コラムを読んだ記憶もないのです。それでも40年以上、特に困らずに生きてきました。誰からも採点されなかったからでしょうね。
男の股間について「正しい洗い方」を医師が真顔で指導している記事というのも、私は見たことがありません。探せばどこかにあるのかもしれませんが、少なくとも向こうから飛び込んでくることはない。
この差はいったい何なのでしょうか。
たぶん、こういうことなのだろうと思います。耳垢が溜まっていたところで、誰かに軽蔑されることはありません。せいぜい聞こえにくくなる程度の話です。
ところが女性器の状態は、そうもいかない。汚れているとか匂うとかいったことが、身体の状態ではなく人格の評価の方に接続されてしまう。だらしない女だ、という判定に直結してしまうわけです。
そして誰が判定しているのかといえば、これはまあ、主として男でしょうね。
そう考えると、あの記事群は健康のための指導という顔をしていますが、実質的には採点対策なのではないでしょうか。試験があるから、対策講座が開かれる。試験さえなければ、耳と同じように「放っておいてよろしい」で済んでいたはずなのです。
つまりあれを読んでいる女性たちが対策しているのは、細菌でも病気でもなく、私のような男の目線ということになります。
なんとも申し訳ない話ではありますが、当の私は、自分の拭き方について一度も点検されないまま、ここまで来てしまっているわけですからね。
それでは、また気が向いた時に。


コメント