社会とジェンダー

【No.056】消えないエロティシズムの呪縛 —— 女は『ちくわ』になれない

こんにちは、御簾納です。前回、私は宿題を残しました。TURPの映像は笑えて、内診の映像は笑えない。その差が何なのかを、次回考えてみます、と。考える必要はありませんでした。答えは、向こうからやってきたからです。TURPの映像を見終わった後、妻...
社会とジェンダー

【No.055】チンコの『死に顔』と、ちくわの穴 —— 妻の痛烈な一言

こんにちは、御簾納です。自分たちが同じ台に乗せられていると気づいた直後に、私はもう一つ、聞かされることになりました。前回の続きです。TURPの映像を見せられた妻が「昼間からこんなもん見せるな」と吐き捨てた、その後の話をします。彼女は画面から...
社会とジェンダー

【No.054】男の『失墜』と笑いの防空壕 —— TURP手術映像の絶望

こんにちは、御簾納です。女性の医療空間に潜むまなざしの暴力を語ってきた私ですが、ここでそのメスの矛先を「男自身の医療空間」と、それに付随する男の権力の失墜へと向けなければなりません。世の男たちは、シモの医療をよく「笑い話」にします。健康診断...
権力と医療倫理

【No.053】洗えない場所 —— 医師の絶対的優位と、男の二重の敗北

こんにちは、御簾納です。前回、私は空間社会学者としての完全な敗北を宣言しました。私はかつてこのブログの初期に、待合室にいる夫が抱くジェラシーや喪失感について考察したことがあります。しかし、あの内診室という空間には、精神的なジェラシーなどとい...
空間と装置

【No.052】空間社会学の敗北 —— 内面化された『オスのまなざし』と防空壕の正体

こんにちは、御簾納です。前回、私はSさんとの対話の中で、自分の口から「マンコ」という単語を滑らせました。自分のまなざしに加害性があることを、私はその時点ですでに知っていました。少し前に、彼女の証言を自分の欲望の材料にしたことを自覚し、その前...
社会とジェンダー

【No.051】「私のは綺麗ですか?」の絶望と、致命的な失言 —— Sさんとの対話(5)

こんにちは、御簾納です。前回、私は掲示板で見つけた「無菌の呪い」について書きました。そして最後に、掴みきれない尻尾が一つ残っている、とも。その話を、そのままSさんにぶつけてみました。彼女たちが検診の前に何度も身体を洗っていること。頭では検体...
社会とジェンダー

【No.050】無菌の呪いと、「頭では分かってるんだけどね」 —— 検体になりきれない女たちの自己検閲

こんにちは、御簾納です。Sさんとの対話が続いています。ここまでで彼女が繰り返し使った言葉が、一つあります。「検体」です。あの台の上で、自分はモノとして扱われている。開かれるのも、覗かれるのも、触られるのも、人間に対してではなく、処理すべき対...
権力と医療倫理

【No.049】概念の分断と視覚の漂白 —— Sさんとの対話(4)

こんにちは、御簾納です。前回は、0.1ミリにも満たない膜の話でした。責める相手のいない加害、というところに行き着いて終わっています。対話は、そこからもう一段進みました。今度は物ではありません。医療が使う「言い方」の話です。女性が婦人科で抱く...
権力と医療倫理

【No.048】ラテックスの手袋 と『触れているのに触れていない』断絶—— Sさんとの対話(3)

こんにちは、御簾納です。電動内診台による同意なき開脚、視覚の剥奪、クスコによる冷たい拡張。機械や金属による暴力性を語り終えた後、Sさんは、もう一つの壁について言及しました。これまで私が扱ってきた壁は、どれも目に見えるものでした。カーテン、内...
メディアと表象

【No.047】産科の『聖』と婦人科の『俗』―― 1990年のまなざしを解剖する

こんにちは、御簾納です。今回は、少し視点を変えます。Sさんの証言からいったん離れて、まだ緩やかだった時代のメディアが、この空間をどう扱っていたかを、古い映画から紐解いてみたいと思います。軽い回にするつもりでした。結果としては、そうなりません...