【No.098】漫画の中の内診台 —— コミカルな股開きと「冷たい機械」

メディアと表象

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

ふと気づけば、このブログも随分と記事が積み重なりました。映画や写真など、ありとあらゆる角度から婦人科という空間を考察してきましたが、灯台下暗し。日本が世界に誇る最強のエンタメメディアである「漫画」における描かれ方について、すっぽりと抜け落ちていましたね。  

今回は、医療ドラマとしての感動ではなく、あくまで「内診台や診察シーン」が漫画というフィルターを通してどう描かれているか、という少し偏った視点でお話ししましょう。  

まず、一大ジャンルとして確立している「妊活(不妊治療)エッセイ漫画」の存在が挙げられます。妊活漫画において、内診台に乗るシーンや経膣エコーは、絶対に避けては通れない日常業務です。

では、作者たちはあの極限の羞恥心をどう描いているのか。  

答えは「徹底的なコミカル化(デフォルメ)」です。  

主人公(作者自身)を二頭身のギャグキャラクターにし、内診台の上で脚をパカーンと開いた状態で、顔に巨大な汗のマークを浮かべたり、白目を剥いたりしながら「無の境地……」「早く終わってくれ……」と心の声を叫ぶ。そんな描写がテンプレとして定着しています。  

これって、非常に興味深い防衛本能ですよね。現実の生々しさや、他人に股を開くという暴力的な状況をそのまま描けば、読者も作者も精神的に耐えられません。だからこそ、「ギャグにして笑い飛ばす」というフィルターを一枚噛ませることで、あの空間の持つどぎつさを上手く中和し、エンタメとして成立させているわけです。  

一方で、コミカルさとは対極にあるアプローチで、産婦人科の空間を冷徹に描き出した作品もあります。沖田×華先生の『透明なゆりかご』です。  

この作品に登場する内診台や手術台は、妊活漫画のようなギャグの逃げ場を一切許してくれません。そこでは、内診台は単なる医療器具ではなく、「女性たちの悲しみや絶望を無言で受け止める、冷たくて血の匂いがする機械」として、恐ろしいほどのリアリティをもって描かれています。無機質な空間描写が、かえって人間の業の深さを浮き彫りにするんですよね。  

ギャグにして痛みを和らげるか、冷たい現実として突きつけるか。漫画家たちが「内診台」というブラックボックスをどう紙の上に落とし込むかには、女性たちが現実世界であの空間とどう折り合いをつけているかという、リアルな生存戦略が透けて見えます。  

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

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