【No.046】金属の侵入と聴覚の拷問 —— Sさんとの対話(2)

空間と装置

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

Sさんとの対話は続きます。

「空気に触れる」という剥き出しの現実を強いられた直後、内診台の上の女性には、胸の上でカーテンが引かれます。私はかつて(【No.040】で)、このカーテンは患者のためではなく、医師が感情を切り離すための防波堤(欺瞞)だと厳しく批判しました。しかし、当事者であるSさんが語ったのは、私の理屈っぽいシステム論など吹き飛ばすほどの、もっと切実な「感覚のハック」の恐怖でした。

「カーテンを引かれるとさ、自分の身体に何が起きてるのかを『見る権利』が奪われるじゃない? その代わり、耳からの情報に頼るしかなくなるの。金属の器具がカチャッて鳴る音とか、先生の作業音が聞こえるたびに、見えない視界の向こうで次に何をされるのか予想しなきゃいけない。あの状態って、すごく無力だし怖いんだよ」

視覚を奪われた空間において、音は暴力的な「予報」へと変貌します。

見えない暗闇の中で、鋭利な音が近づいてくるのをただ待つしかない状態。これはもはや医療というよりも、人間の防衛本能を脅かす『聴覚の拷問』です。

そして、その拷問のイメージは、やがて冷徹な物理的侵襲となって女性の身体を貫きます。膣鏡(クスコ)と呼ばれる、金属製あるいは硬質なプラスチック製の器具による挿入です。Sさんは言葉を選びながら、淡々とその感覚を語りました。

「そのあと、クスコっていう器具を入れられるんだけど。あれって本当に冷たくて無機質なのね。痛みを伴うこともあるし、ただ奥を観察するためだけに、機械的な力でガチャって押し広げられる。自分がただの『検体』というか、モノとして扱われてるって一番痛感する瞬間だね」

彼女の冷静な言葉を聞きながら、私の頭の中では、男としてのグロテスクな思考が暴走を始めていました。

男の生身のペニスによる挿入には、熱があり、粘膜同士が擦れ合う快楽があり、何よりお互いの「感情の交感(エロティシズム)」が存在します。しかし、内診台の上でクスコがもたらす挿入には、そのすべてが欠落しています。

男の私からすれば、それは完全に「エロティシズムを殺戮された冷たい挿入」に他なりません。

男にとって、女性の膣の奥(子宮口周辺)とは、ペニスの先端でしか触れることのできない「不可視の聖域」です。クスコという器具は、その男にとっての不可視の聖域を、物理的な力でこじ開け、強い光を当てて白日の下に晒し出すための装置です。

「お前の最も深く隠された秘密の場所を、機械の力で無理やり押し広げ、俺の目の前に差し出せ」

——ここまで書いて、手が止まりました。

この台詞を、誰が言ったのでしょうか。

医師ではありません。私です。

Sさんが語っていたのは、「検体として扱われる」「モノとして扱われるのが一番痛い」ということでした。そう打ち明けられた私が、最初にしたこと。それは、彼女の身体を自分の性的な思考の材料にして、あまつさえ、そこから加害者の台詞をひとつ、創作することでした。

【No.044】で、Sさんは私にこう言いました。システム論に逃げるな、男の業を直視しろ、と。

私は、逃げるのをやめました。そして、直視した結果がこれです。逃げているあいだ、私は彼女を「システムの被害者」という無害な記号として扱っていた。逃げるのをやめた瞬間、私は彼女を、自分の欲望を検算するための素材にした。どちらの私も、彼女を見ていません。

「医療という正義のヴェールを一枚剥ぎ取れば、そこにはサディスティックな支配欲が張り付いている」——そう書くつもりでした。しかし、剥がれたのは医療のヴェールではありませんでした。私のものです。医師が何を考えて子宮口を見ているのか、私は一度も確かめていません。確かめないまま、その内側に、自分の頭の中身を置こうとしていました。

目の前のSさんは、私のこの数分の沈黙を、どう見ていたのでしょうか。何も聞かれませんでしたし、私も、何も言いませんでした。

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