【No.099】劇画が暴く内診台のざわつき —— 土田世紀『雲出づるところ』の圧倒的演出

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こんにちは、御簾納です。

前回、沖田×華先生の『透明なゆりかご』が産婦人科の冷たい現実を描き出しているとお話ししました。しかし、あの作品が扱うテーマの重さに対して、読者がどこか救いを感じられるのは、ひとえにあの「素朴で少しコミカルな絵柄」による中和作用が大きいのだと思います。  

では、もしこれが、圧倒的な画力と泥臭い「劇画調」のタッチで描かれたなら、どうなるでしょうか。

今回は、婦人科が持つ「禁足地」としての生々しさと、女性患者が内診台に向かう際の「心のざわつき」を、これ以上ないほど見事に、そして残酷に描き出した名作をご紹介します。  

土田世紀先生の『雲出づるところ』です。  

妊娠と子宮がんが同時に発覚した夫婦の葛藤を真正面から描く、非常にシリアスで重厚なストーリーです。この物語の中に、私がこれまで散々考察してきた「婦人科の密室特有の居心地の悪さ」が、見事に凝縮された恐ろしいシーンが存在します。  

ある日、ヒロインの若い女性が産婦人科を受診します。彼女は当然、前回診てくれた「年配の女医先生」を想定して心の準備をしていました。しかし、診察室のドアを開けると、そこに座っていたのは同年代くらいの「若いイケメン医師」だったのです。  

この時点で、読者の心には「イケメン婦人科医・拒絶現象」のアラートがけたたましく鳴り響きます。さらにこのイケメン医師、ヒロインの顔を見るなり、「あれ? 歌手のあの娘に似てるよね」と合コンのような軽いノリの世間話を振ってきます。ヒロインの顔に浮かぶ、戸惑いと不快感が入り混じった絶妙な表情が、劇画調のタッチで生々しく描かれます。  

土田先生の演出が本当に恐ろしいのはここからです。

この不穏な空気の中で、ヒロインの心情を煽るように「誰も座っていない無機質な内診台」や「これから挿入される金属製のクスコ」のカットが、ポン、ポン、とインサートされるのです。  

言葉による説明はありません。ただの「モノ」の絵です。しかし、この数コマがあるだけで、読者である私たちの心に「えっ、嘘でしょ。この軽薄な若い男に、今から内診されるの!?」という、肌が粟立つような強烈な「ざわつき」が生まれます。  

そして迎える内診シーン。日本の医療の建前である「カーテン」が引かれ、直接的な股間の描写はもちろん隠されています。しかし、画面には「大きく脚を広げたヒロインの太もも」と、その脚の間にすっぽりと入り込み、至近距離で座って診察をしている「イケメン医師の姿」が、はっきりと同一フレームに収められているのです。  

どれだけカーテンで視界を遮ろうとも、物理的な距離と構造は隠せません。「自分の脚の間に、さっき馴れ馴れしく話しかけてきた同年代の男が座っている」という圧倒的な事実。医療というシールドがひび割れ、内診台が「ただの診察」から「極めて精神的ダメージの大きい空間」へと変貌する瞬間を見事に切り取っています。  

漫画の視線誘導とカット割り一つで、内診台はこれほどまでに読者の心をざわつかせる舞台装置になる。改めて、日本の漫画家たちの表現力には恐れ入ります。  

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

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