【No.106】日本のドラマが描いた内診台 —— 伝説のドラマ『しゃぼん玉』の破壊力

メディアと表象

【閲覧に関するご案内】
本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

これまで当ブログでは、産婦人科を題材とした映画やドラマを何度も紹介してきましたが、今回は「日本の一般ドラマの中で、婦人科診察がどう見せられてきたのか」というテーマに焦点を当ててみたいと思います。  

最近の医療ドラマを観ていると、産婦人科が舞台であっても、診察シーンは実に巧妙にオブラートに包まれています。エコー画面を見つめる医師の顔のアップや、カーテン越しの会話だけで処理され、生々しい「内診台」の物理的な暴力性が画面に映ることはほぼありません。

しかし、コンプライアンスがもう少し緩やかだった時代は、全く違った文脈で描かれていました。  

私が強烈に記憶している、ある伝説のドラマがあります。

1991年放送、長渕剛さん主演の『しゃぼん玉』です。  

権利関係などの事情からかDVD化されておらず、今ではなかなか見る機会がない作品ですが、新宿の路地裏で開業するアウトローな何でも屋の医者(長渕剛)が、巨悪に立ち向かうという熱いストーリーです。  

「それが婦人科と何の関係があるの?」と思われるかもしれません。

実はこのドラマ、普通の作品とは比べ物にならないほど、圧倒的に「婦人科要素」が詰め込まれているんです。「製作陣に本物のフェチが紛れ込んでいたとしか思えない」レベルで。  

まず、初回から第2話にかけて、なんと2話連続で女性の内診シーンが登場します。

初回の破壊力たるや凄まじく、診察台に乗った若い女性の股間に、長渕剛がガッツリと頭を沈め、顔を埋めるようにして診察するのです。医療のリアリティなんてそっちのけの、えげつない絵面。  

そして、何よりヤバいのが「セリフ」です。

ヒロインの清水美砂さんとのやりとりなんて、コンプライアンスという言葉が死滅していた時代のテレビを象徴する、セクハラのフルコースです。  

第1話で、清水さんに向かって真顔でこう言い放ちます。

「お前の股も臭いんじゃないのか?」  

さらに第2話。診療所を訪れた彼女に対し、

「どうした? 病気か? それとも妊娠か?」

彼女が「ふざけないで」と強く言い返しても、長渕剛は全く意に介さず、息を吐くようにこう繋ぎます。  

「大股おっ広げて、診察台に乗っかって待ってて」  

……当然ながら、直後にヒロインから強烈なビンタを喰らいます(笑)。もしかすると、あの鮮やかな一撃でようやく目が覚めたからこそ、その後改心して巨悪に立ち向かう壮大なストーリーが展開されたのかもしれません。  

今の時代、現実の医者がこんなことを言ったら一発で医師免許剥奪&SNSで大炎上、社会的に抹殺されます。

現在のレディースクリニックは、アロマの香りやオルゴール、そしてカーテンを使って「これは医療です」という建前を必死にコーティングし、空間のエロティシズムを隠蔽しています。  

しかし『しゃぼん玉』の長渕剛は、そんな小綺麗な建前を一切使わず、剥き出しの男の権力と暴力として内診台を扱っていました。

「大股おっ広げて待ってて」という身も蓋もないガサツなセリフこそが、実はあの空間が持つ「男の支配欲」という真理を、最も正直に突いていたのではないでしょうか。  

パステルカラーで綺麗に偽装された現代のクリニックよりも、新宿の路地裏で長渕剛が体現したような、あの泥臭くて乱暴な診察室の残り香のほうが、空間の権力構造を考える上では案外本質を突いているのかもしれませんね。  

それではまた、次のふとした違和感の前で、お会いしましょう。

コメント

タイトルとURLをコピーしました