社会とジェンダー

社会とジェンダー

【No.055】チンコの『死に顔』と、ちくわの穴 —— 妻の痛烈な一言

こんにちは、御簾納です。自分たちが同じ台に乗せられていると気づいた直後に、私はもう一つ、聞かされることになりました。前回の続きです。TURPの映像を見せられた妻が「昼間からこんなもん見せるな」と吐き捨てた、その後の話をします。彼女は画面から...
社会とジェンダー

【No.054】男の『失墜』と笑いの防空壕 —— TURP手術映像の絶望

こんにちは、御簾納です。女性の医療空間に潜むまなざしの暴力を語ってきた私ですが、ここでそのメスの矛先を「男自身の医療空間」と、それに付随する男の権力の失墜へと向けなければなりません。世の男たちは、シモの医療をよく「笑い話」にします。健康診断...
社会とジェンダー

【No.051】「私のは綺麗ですか?」の絶望と、致命的な失言 —— Sさんとの対話(5)

こんにちは、御簾納です。前回、私は掲示板で見つけた「無菌の呪い」について書きました。そして最後に、掴みきれない尻尾が一つ残っている、とも。その話を、そのままSさんにぶつけてみました。彼女たちが検診の前に何度も身体を洗っていること。頭では検体...
社会とジェンダー

【No.050】無菌の呪いと、「頭では分かってるんだけどね」 —— 検体になりきれない女たちの自己検閲

こんにちは、御簾納です。Sさんとの対話が続いています。ここまでで彼女が繰り返し使った言葉が、一つあります。「検体」です。あの台の上で、自分はモノとして扱われている。開かれるのも、覗かれるのも、触られるのも、人間に対してではなく、処理すべき対...
社会とジェンダー

【No.036】消費者と患者――「VIO脱毛」と「婦人科」を分つ決定的な境界線

こんにちは、御簾納です。前回、クスコ(腟鏡)の歴史を通じて、女性が婦人科で感じる恐怖は「モノとして扱われる(客体化される)歴史的構造」に起因していると述べました。今回は、その「客体化」という概念をさらに浮き彫りにするため、ネットの検索窓に潜...
社会とジェンダー

【No.029】「男として終わった」――前立腺手術に見る、男性の絶望と客体化

こんにちは、御簾納です。前回は、女性の婦人科診察が持つ「笑いに変換できない生々しい権力性」について語りました。では、男性にとっての「絶対に笑えない、隠蔽すべき医療行為」とは何でしょうか。男性の身体における最大のタブー。それは「男性としての力...
社会とジェンダー

【No.028】笑える密室と笑えない密室――真矢みき氏の「直腸診」と婦人科の特異性

こんにちは、御簾納です。私たちがこれまで考察してきた婦人科の内診室は、メディアにおいて常に「隠蔽されるタブー」か「搾取されるエロティシズム」のどちらかであり、決して「笑い」に変換されることはありませんでした。今回は、この「婦人科の特異性(な...
社会とジェンダー

【No.027】男たちのダブルバインド――「無機質なまなざし」がえぐるプライド

こんにちは、御簾納です。前回に続き、パートナーの女性が男性医師の診察を受ける際の「夫の心理」について考察します。夫の立場から見た時、妻のプライベートな部分を直視し、指で直接触れて診察を行う男性医師の「心の中」は、絶対に考えたくない、しかし考...
社会とジェンダー

【No.026】排他性の例外規定――妻が内診台に上がる時、夫は何を喪失するのか

こんにちは、御簾納です。ここまで、婦人科の密室で女性がどのような権力構造に置かれているかを考察してきました。今回は少し視点を変え、その密室の「外側」にいる存在、すなわち「患者のパートナー(夫や恋人)」の男性心理について解剖してみたいと思いま...
社会とジェンダー

【No.015】晒すことの勇気と社会の限界(後編)――「まなざし」の成熟を阻むもの

こんにちは、御簾納です。前回に続き、熊田曜子氏の婦人科検診動画について考えます。彼女が自らの身体を張って「検診の重要性」を啓蒙したにもかかわらず、なぜ一部の層はそれを下世話に消費し、あるいは「わざわざ見せるなんてはしたない」とバッシングに走...