メディアと表象

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【No.018】隠す現代のテレビと、搾取したかつての映像の間で――失われた「中立的な身体」

こんにちは、御簾納です。ここまで2回にわたり、メディアが内診室という空間をどう描いてきたかを考察しました。現代のテレビドラマはそれを「美しく漂白して隠蔽」し、コンプライアンスが緩かった過去の映像作品群はそれを「権力とエロティシズムの装置とし...
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【No.017】かつての映像作品に見る「まなざしの搾取」――権力装置としての内診台

こんにちは、御簾納です。前回は、現代のテレビドラマがいかに産婦人科の密室を「綺麗に漂白」しているかについて語りました。しかし、今回は少し視点を変えます。表現の制約が現在よりもずっと緩やかだった、一昔前の映像作品に目を向けると、この空間の描か...
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【No.016】ドラマが描かない「パステルカラーの椅子」――テレビはいかにして密室を漂白したか

こんにちは、御簾納です。熊田曜子氏の事例を通じて、現実の女性が「実際の診察風景」を公開した際の社会の拒絶反応について考えました。では、社会を映す鏡であるはずの「メディア」は、普段この空間をどのように描いているのでしょうか。例えば、プライムタ...
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【No.010】「私は神だ」――映画『冷たい月を抱く女』に見る、医療パターナリズムの極致

こんにちは、御簾納です。今回は、少し息抜きも兼ねて、私の趣味である映画の話をさせてください。以前、クローネンバーグ監督の『戦慄の絆』を取り上げましたが、今日も90年代の医療サスペンスから、ある強烈なテーマを持った作品をご紹介したいと思います...
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【No.004】医療のまなざしが狂気に変わる時――映画『戦慄の絆』が描くもの

こんにちは、御簾納です。このブログでは日本の日常に潜む空間のタブーについて綴っていますが、息抜きも兼ねて、今日は私の趣味である映画の話を少しさせてください。私は昔から、人間の深層心理をえぐるようなサイコスリラーや医療サスペンス映画を好んで観...
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【No.003】メディアが描く男女の身体――CMに見る「隠す圧力」の違い

こんにちは、御簾納です。前回は「デリケートゾーン」という言葉が持つ隠蔽の構造について触れました。今回は、その延長線として、メディアが男女の身体のトラブルをどのように描き分けているか、ある対照的なテレビCMを例に考察してみたいと思います。**...