【No.013】シュレディンガーの密室(後編)――私たちは「覗き見の誘惑」を断ち切れるか

空間と装置

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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。

こんにちは、御簾納です。

女性インフルエンサーのカーテン事件についての考察、最終回です。

医師はなぜ、診察中にわざわざカーテンを開けたのか。「直接顔を見て対話するため」や「痛がっていないか表情を見るため」といった純粋な医療目的の建前はいくらでも用意できますし、社会もそれを信じたがっています。しかし、その奥底に潜む深層心理について、私は一人の「男性」として、自らに対してある極端な問いを投げかけずにはいられないのです。

もし仮に、私が病院の廊下に立っていたとします。そこで顔見知りの看護師が近寄ってきて、こう囁いたとしましょう。

「今、このドアの向こうで、若くて綺麗な女性が内診を受けていますよ。気づかれないように、そっと入って覗いてみますか?」と。

その時、私は「患者の尊厳に関わるので、そんなことは絶対にすべきではない」と、立派な倫理的態度で、一切の淀みなく即答できるだろうか。

……正直に白状します。私には、その自信がありません。

社会的な理性を総動員して最終的には踏みとどまるにせよ、その刹那、私の内側には「安全圏から、他者の最も無防備で屈辱的な姿を見てみたい」という、抗いがたい仄暗い衝動が間違いなくよぎるはずです。あわよくば、羞恥に染まる顔と、強制的に開かれた下半身の落差を確認したいという、権力的で卑俗な欲望。

私の中にすらそれがあるのだから、「医療」という絶対的な大義名分と、「誰にも咎められない」という密室の特権を与えられた強者たちが、常にその誘惑を100%断ち切れていると、どうして言い切れるでしょうか。

あのインフルエンサーのカーテンを開けた医師もまた、無意識か有意識かは別として、この「絶対的な優位に立って相手を直視したい」という誘惑に負けた部分があったのではないでしょうか。

女性たちが密室の中で直感する「不快な視線を感じる」という恐怖は、決して自意識過剰などではありません。それは、カーテンという視覚の遮断がもたらす「見えない看守(医師)からの監視」という、空間的な権力の非対称性を正確に感知しているのです。

私たちがカーテンを引く本当の理由は、女性の羞恥心を守るためではありません。「医療という大義名分のもとに構築された密室が、いかに容易に特権的なまなざしの暴走を許容してしまうか」というシステムの欠陥から、目を逸らすためなのです。

彼女の告発が白日の下に晒したのは、医療の建前によって覆い隠されていた、この空間の絶望的なルールの脆弱性だったのだと、私は考えています。

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