権力と医療倫理

【No.033】密室の多眼化(4)――「知人の内診」を消費する、歪んだ優越感

こんにちは、御簾納です。内診見学における知人との遭遇。この地獄のような事象の背後には、私たち男性が直視しなければならない、おぞましい「本音」が隠されています。以前、ネットの匿名掲示板に書き込まれた、ごく一部の心無い男性医師(あるいは医師を名...
権力と医療倫理

【No.032】密室の多眼化(3)――「サークルの先輩」「同級生」が覗き込む地獄

こんにちは、御簾納です。内診見学の特異な心理的負荷について語る上で、決してフィクションでは済まされない、あまりにも残酷な現実があります。それは、「見学している学生や医師が、患者の個人的な知人であった」というケースです。かつて女性週刊誌の婦人...
権力と医療倫理

【No.031】密室の多眼化(2)――「無断見学」の恐怖と、同意という名の同調圧力

こんにちは、御簾納です。前回に続き、「内診見学」という究極の客体化について考察します。大学病院や総合病院での診療において、患者はしばしば「教育機関であるため、医学生が見学に同席することがあります」という一文にサインを求められます。しかし、こ...
権力と医療倫理

【No.030】密室の多眼化(1)――『ロマンスX』と、内診見学という究極の客体化

こんにちは、御簾納です。今回から4回にわたり、婦人科という空間において、女性が最も深い心理的負荷と尊厳の剥奪を経験するシチュエーションについて考察します。それは「医学生や研修医による、内診の見学(臨床実習)」です。以前、カトリーヌ・ブレイヤ...
社会とジェンダー

【No.029】「男として終わった」――前立腺手術に見る、男性の絶望と客体化

こんにちは、御簾納です。前回は、女性の婦人科診察が持つ「笑いに変換できない生々しい権力性」について語りました。では、男性にとっての「絶対に笑えない、隠蔽すべき医療行為」とは何でしょうか。男性の身体における最大のタブー。それは「男性としての力...
社会とジェンダー

【No.028】笑える密室と笑えない密室――真矢みき氏の「直腸診」と婦人科の特異性

こんにちは、御簾納です。私たちがこれまで考察してきた婦人科の内診室は、メディアにおいて常に「隠蔽されるタブー」か「搾取されるエロティシズム」のどちらかであり、決して「笑い」に変換されることはありませんでした。今回は、この「婦人科の特異性(な...
社会とジェンダー

【No.027】男たちのダブルバインド――「無機質なまなざし」がえぐるプライド

こんにちは、御簾納です。前回に続き、パートナーの女性が男性医師の診察を受ける際の「夫の心理」について考察します。夫の立場から見た時、妻のプライベートな部分を直視し、指で直接触れて診察を行う男性医師の「心の中」は、絶対に考えたくない、しかし考...
社会とジェンダー

【No.026】排他性の例外規定――妻が内診台に上がる時、夫は何を喪失するのか

こんにちは、御簾納です。ここまで、婦人科の密室で女性がどのような権力構造に置かれているかを考察してきました。今回は少し視点を変え、その密室の「外側」にいる存在、すなわち「患者のパートナー(夫や恋人)」の男性心理について解剖してみたいと思いま...
メディアと表象

【No.025】消えたドキュメンタリーと失われた機会――メディアの事勿れ主義がもたらしたもの

こんにちは、御簾納です。前回は映画『ロマンスX』を引き合いに、隠蔽や美化を排した内診室の現実について考察しました。今回はひるがえって、日本のメディア(特にテレビのドキュメンタリー)がこの空間とどう向き合ってきたかについて、少し時代を遡って振...
メディアと表象

【No.024】物質としての肉体と孤立――『ロマンスX』が描いた内診の冷徹さ

こんにちは、御簾納です。前回、西洋映画における「まなざしの倫理」について触れましたが、映像史にはもう一つ、全く別のアプローチで女性の身体の真実に迫ろうとした極めて重要な作品があります。カトリーヌ・ブレイヤ監督の1999年の映画『ロマンスX』...