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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
前回は「デリケートゾーン」という言葉が持つ隠蔽の構造について触れました。今回は、その延長線として、メディアが男女の身体のトラブルをどのように描き分けているか、ある対照的なテレビCMを例に考察してみたいと思います。
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同じ「下半身の痒み止め」の薬でありながら、男性用と女性用のCMでは、その演出に天地の差があります。2000年代に放送されていた、ある有名ブランドのCMを覚えている人もいるかもしれません。
男性用の痒み止めのCMは、非常に直接的でコミカルです。暑苦しい体育会系の男たちが行進し、大声で商品名を叫びながら、堂々と痒みを訴えます。そこにあるのは、完全にコメディとしてパッケージ化された「明るいトラブル」です。男性の下半身の悩みは、このように白日の下に晒し、笑い飛ばすことが許容されています。
一方で、同時期の女性用痒み止めのCMは非常に示唆に富んでいました。
舞台は美容院。ジーンズ姿の若い女性が、シャンプー台で仰向けになっています。彼女の顔には水飛沫を防ぐための薄い紙(フェイスガーゼ)が乗せられており、視界は遮断されています。
彼女は下半身に強い痒みを感じているのですが、美容師が目の前にいる手前、掻くことはおろか、表情に出すことすらできません。ただひたすらに、身体をモゾモゾと動かして痒みを堪えようとしています。やがて美容師から「どこかお痒いところは?」と尋ねられ、彼女は思わずフーッと息を吐いて顔の紙を吹き飛ばし、「いえ、別に」と必死に平静を装うのです。
このCMにおいて、直接的な部位の名称は一切語られず、すべてがオブラートに包み隠されています。そして私が着目したいのは、この映像が描いている「社会から女性に課せられたプレッシャー」の構造です。
仰向けにされ、顔を紙で覆われ、他者の目の前で身体の不調をひたすらに隠し、「何事もないかのように」やり過ごそうとする女性。この姿は、婦人科の診察室において、内診台に乗せられ、カーテンで視界を遮り、必死に痛みを耐え忍んでいる女性たちの姿と重なり合います。
男性の身体的トラブルがオープンな笑いとして処理される一方で、女性は社会的な体裁を守るため、必死に自分の身体のSOSを隠蔽し、「平静を装うこと」を求められています。顔に乗せられたフェイスガーゼは、まさに婦人科のカーテンと同じ「自己防衛と隠蔽のメタファー」として機能しています。
メディアがこのように「女性の身体の悩み=徹底的に隠し、耐え忍ぶべきもの」として描き続ける限り、現実の医療現場においても、女性が痛みや不快感を率直に訴えるハードルは高いままでしょう。
男女で全く異なる「身体へのコード(文脈)」。この非対称性への理解を深めることなしに、日本の医療現場におけるコミュニケーション不全を解決することはできないのではないでしょうか。
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【2026年7月7日追記】
本文で言及した女性用痒み止めのCM(池田模範堂「デリケア」2005年放送)について、当時の映像のアーカイブをYouTubeで見つけたので共有しておきます。(動画の1:58:28〜)


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