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本ブログは、医療空間における権力構造や、そこに生じる心理的な嫌悪感・ざわつき等を分析・考察するものです。特定の医療機関や従事者を非難・攻撃するつもりはありませんが、記事の性質上、医療現場の生々しい実態や直接的な表現が含まれる場合があります。ご自身の心身の状況に合わせて、無理のない範囲で閲覧をご判断ください。詳しくはサイトポリシーをご一読ください。
こんにちは、御簾納です。
ここまで、婦人科の密室で女性がどのような権力構造に置かれているかを考察してきました。今回は少し視点を変え、その密室の「外側」にいる存在、すなわち「患者のパートナー(夫や恋人)」の男性心理について解剖してみたいと思います。
多くの男性は、自分のパートナーが男性医師の婦人科を受診することに対し、言語化しがたい不快感やジェラシーを抱きます。
しかしこれは、浮気や不倫によってパートナーを奪われる時の絶望感とは種類が異なります。相手は医師であり、行われているのは合法で正当な医療行為です。肉体的にも精神的にも「奪われて」はいないはずなのに、そこに確かな「喪失感」が生じるのはなぜでしょうか。
それは、夫婦や恋人という関係性において男性が抱いている「女性の身体(特に生殖器官)に対する独占的な排他性」に、強引な「例外規定」が持ち込まれるからです。
「夫である自分にしかオープンにしない」という建前のもとで共有されているはずの、最もプライベートな領域。それが、医療という絶対的な大義名分のもとで、赤の他人である男性の目の前に合法的に開示される。
しかもそこでは、性的なムードも情緒も一切排除され、パートナーの身体はただの「生物学的な生殖器官」として、パステルカラーの内診台の上に強制的に晒されます。
男性がそこで真に傷ついているのは、妻が痛い思いをしていることへの純粋な心配だけではありません。
自分にとって「特別で神聖なもの」であるはずの妻の身体が、別の強大な権力(医療)を持つ同性の前では、なんの抵抗もできず、いとも簡単に「ただの物質・処理される患部」へと還元されてしまう。その圧倒的な事実に対する、夫としての無力感であり、ある種の敗北感なのです。
女性の身体の主導権が、夫である自分から、密室の男性医師へと完全に移譲される瞬間。合法であるからこそ文句も言えず、ただ黙って待合室で耐えるしかない。この時、男性の心の中に生じるドロドロとした感情は、男性社会が女性の身体をいかに「自らの所有物」として認識しているかを、残酷なまでに証明しています。
しかし、夫たちの心理的なジレンマはそれだけではありません。次回は、この「夫と男性医師」の間に横たわる、さらに歪んだ心理的パラドックスについて考察します。


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