2026-06

メディアと表象

【No.018】隠す現代のテレビと、搾取したかつての映像の間で――失われた「中立的な身体」

こんにちは、御簾納です。ここまで2回にわたり、メディアが内診室という空間をどう描いてきたかを考察しました。現代のテレビドラマはそれを「美しく漂白して隠蔽」し、コンプライアンスが緩かった過去の映像作品群はそれを「権力とエロティシズムの装置とし...
メディアと表象

【No.017】かつての映像作品に見る「まなざしの搾取」――権力装置としての内診台

こんにちは、御簾納です。前回は、現代のテレビドラマがいかに産婦人科の密室を「綺麗に漂白」しているかについて語りました。しかし、今回は少し視点を変えます。表現の制約が現在よりもずっと緩やかだった、一昔前の映像作品に目を向けると、この空間の描か...
メディアと表象

【No.016】ドラマが描かない「パステルカラーの椅子」――テレビはいかにして密室を漂白したか

こんにちは、御簾納です。熊田曜子氏の事例を通じて、現実の女性が「実際の診察風景」を公開した際の社会の拒絶反応について考えました。では、社会を映す鏡であるはずの「メディア」は、普段この空間をどのように描いているのでしょうか。例えば、プライムタ...
社会とジェンダー

【No.015】晒すことの勇気と社会の限界(後編)――「まなざし」の成熟を阻むもの

こんにちは、御簾納です。前回に続き、熊田曜子氏の婦人科検診動画について考えます。彼女が自らの身体を張って「検診の重要性」を啓蒙したにもかかわらず、なぜ一部の層はそれを下世話に消費し、あるいは「わざわざ見せるなんてはしたない」とバッシングに走...
社会とジェンダー

【No.014】晒すことの勇気と社会の限界(前編)――熊田曜子氏の検診動画が問うたもの

こんにちは、御簾納です。前回は、内診室のカーテンが「不本意に開かれた」事件について考察しましたが、今回はその逆とも言える事象――「自らの意思で密室を可視化した」事例について、少し掘り下げてみたいと思います。数年前、タレントの熊田曜子氏が、自...
空間と装置

【No.013】シュレディンガーの密室(後編)――私たちは「覗き見の誘惑」を断ち切れるか

こんにちは、御簾納です。女性インフルエンサーのカーテン事件についての考察、最終回です。医師はなぜ、診察中にわざわざカーテンを開けたのか。「直接顔を見て対話するため」や「痛がっていないか表情を見るため」といった純粋な医療目的の建前はいくらでも...