医療パターナリズム

社会とジェンダー

【No.090】恥ずかしさの正体 —— 「医療の盾」が張られる前の、空白の時間

こんにちは、御簾納です。今回は、かつてこのブログでも度々鋭い知見を提供してくれた、私の頼れる友人・Sさんとの雑談から始めてみましょう。最近ではすっかり、私の書くものに容赦なくツッコミを入れる役回りに落ち着いている彼女ですが、こういう話をさせ...
権力と医療倫理

【No.048】ラテックスの手袋 と『触れているのに触れていない』断絶—— Sさんとの対話(3)

こんにちは、御簾納です。電動内診台による同意なき開脚、視覚の剥奪、クスコによる冷たい拡張。機械や金属による暴力性を語り終えた後、Sさんは、もう一つの壁について言及しました。これまで私が扱ってきた壁は、どれも目に見えるものでした。カーテン、内...
空間と装置

【No.041】「最適な視野」への強制――全自動内診台が奪ったもの

こんにちは、御簾納です。今回は、パステルカラーの電動内診台についてです。日本の産婦人科に広く普及している電動内診台。その進化のルーツには、「理容・美容椅子(バーバーチェア)」などの技術が深く関わっていることは、空間社会学的に非常に興味深い事...
メディアと表象

【No.025】消えたドキュメンタリーと失われた機会――メディアの事勿れ主義がもたらしたもの

こんにちは、御簾納です。前回は映画『ロマンスX』を引き合いに、隠蔽や美化を排した内診室の現実について考察しました。今回はひるがえって、日本のメディア(特にテレビのドキュメンタリー)がこの空間とどう向き合ってきたかについて、少し時代を遡って振...
メディアと表象

【No.010】「私は神だ」――映画『冷たい月を抱く女』に見る、医療パターナリズムの極致

こんにちは、御簾納です。今回は、少し息抜きも兼ねて、私の趣味である映画の話をさせてください。以前、クローネンバーグ監督の『戦慄の絆』を取り上げましたが、今日も90年代の医療サスペンスから、ある強烈なテーマを持った作品をご紹介したいと思います...
メディアと表象

【No.004】医療のまなざしが狂気に変わる時――映画『戦慄の絆』が描くもの

こんにちは、御簾納です。このブログでは日本の日常に潜む空間のタブーについて綴っていますが、息抜きも兼ねて、今日は私の趣味である映画の話を少しさせてください。私は昔から、人間の深層心理をえぐるようなサイコスリラーや医療サスペンス映画を好んで観...